ご飯の炊き上がるのに合わせて味噌汁と浅漬けを用意した。それでも時間が余ったのでイルカはお茶を入れてカカシの待っている居間へ持って行った。
居間に入ると見知らぬ男が座っていた。
反射的に身構えて距離をとる。
数瞬遅れでそれが覆面と額当てをはずしたカカシだと頭が認識した。
「ひど…」
「カ、カカシさん?!」
「今、思いっきり警戒しましたね」
イルカは驚きを隠さないままカカシに近づいた。なにかカカシがブツブツ言っていたが耳に入らない。
銀色の髪が顔の前に垂れて左目を覆っていたが、通った鼻筋と口元は無防備に晒されている。
青い右目はそのままのはずなのに印象が全然違う。
「なんで覆面取っちゃったんですか?」
「だって家の中だし」
「で、でも…」
そんなに簡単に取ってしまっていいものなのだろうか?ナルトの話では任務で宿に泊まった時も外さなかったと聞いている。
イルカはカカシの顔から目を逸らすことが出来なかった。
「うわー、うわー、わー、カカシさん、男前ですね!」
カカシが「何言ってるんだか…」と眠たそうな目を向けてくる。
そんな表情ですら驚くほど端整だ。
男前だという噂はあった。覆面取ったら美形なんて出来すぎだとは思ったが、顔を覆った布の上からでもなんとなく綺麗な顔立ちは想像できた。できたがここまで整っているとは思わなかった。
「はー。神様って本当に不公平なんですねえ」
上忍で写輪眼で男前。
「いやー、女の子がほっとかないねえ!」
思わずバシンとカカシの肩を叩いてしまう。カカシはアイタ、とたいして痛そうでもなく呟くと呆れたようにイルカの顔を見上げた。
「イルカ先生、オヤジくさいですよ」
ちょっとハイになっている自覚があるイルカはすいませんと小さくなった。
「もうちょっと他の反応はないんですか」
「はあ」
「コレが、あなたが今つきあっている男の顔ですよ」
ほら、と見せつけるように顔を近づけられてイルカは顔面に血が集まるのを感じた。
「な、なに言って…」
イルカは真っ赤になってカカシから目を逸らし俯いた。
タイミングよく台所でご飯の炊けた合図のブザーが鳴った。イルカは俯いたまますっくと立ち上がると台所へ逃げ込んだ。
アホか、自分は。三十路も近い男が男の顔見て赤くなるなんて。
っていうか、三十路近い男が二人で営巣活動に励んでるっていうのは状況的にどうなのか。
「手伝いますよ」
台所で立ち尽くしている耳元に男の声がして、いつの間にか後ろを取られていたイルカは「うわあ」と思わず声をあげた。
カカシは気にした風でもなく「美味しそうだなあ」などと言いながら味噌汁を椀にもって居間へと運んでいった。
見知らぬ男が自分の家の中を闊歩している。
卓袱台に料理を並べて斜向かいに座って食事を取りながらイルカはずっと落ち着く事が出来なかった。カカシの顔を見ることも出来ない。
「イルカ先生?」
「あ、はい!」
呼ばれて慌てて顔を上げると
「冷めちゃいますよ?」
と、既に皿のものを平らげたカカシがイルカの前に並んだ皿を指して言った。
「た、食べます」
箸を握りなおしてイルカは椀を持って味噌汁を口に流し込んだ。そうして椀の陰から目の前の男をこっそり除き見る。
声は同じなのにやっぱり目の前の男は見知らぬ男に見えた。
「そんなに気になりますかね?」
カカシはイルカの様子に苦笑して自分の頬を擦った。
「いえ、そんなことは…!」
ある。
なんだか見ちゃいけないものを見せられているような気分だ。
「人の顔を猥褻物みたいに…」
「いやいやいや!誰もそこまでは言ってません!!」
ぶっくくく、とカカシは噴出した。
イルカは赤い顔のままそんなカカシを黙って見ていることしか出来ない。
「ま、慣れてくださいね」
カカシは笑いながら言った。
はあ、とイルカは曖昧に頷いた。
夕飯を食べ終え、食後のお茶を飲むとカカシは帰っていった。
玄関でいつものように口布を引き上げ額当てを斜め掛けにすると「ごちそうさまでした」と「おやすみなさい」の言葉を残してさっと戸口から出て行った。
その後姿を玄関から見送ってイルカは暫くアパートの階段下の通りを見下ろしていた。
振り返らない人だなあ。
いつもカカシは去り際が潔いというか、あっさりしているというか。背を向けるとそのまま一度も振り返らずスタスタと歩いていってしまう。
カカシの姿が通りの向こうへ消えるとイルカは自分の部屋へ戻った。玄関の扉を閉めきちんと施錠する。
なんだかどっと疲れた気がした。
イルカは奥の部屋へ入るとぱたりとベッドに倒れた。
素顔見ちゃったよ。
カカシはどうも形から入る性質のようだ。
何考えてるんだか…。
いつもどおりの自分の部屋なのに、それまでいた人物の気配が微かに残っていて奇妙な寂寥感が漂う。
イルカは大きく息をついて目を閉じた。