二人で夕暮れの里をそぞろ歩いていた時の事だ。
晴れた空に浮かぶ大きな雲がオレンジや薄紫に光って眩しい。ひんやりとした空気が里を囲む森から流れ込んできて夜の匂いがし始めていた。いつものように待ち合わせして、どこへ行こうかと相談しながらぶらぶらと里の大門から続く大通りを歩いていた。早めの時間に仕事を切り上げたから今日はたっぷり時間がある。
一緒に買い物をして家で食事をしてもいいかとも思ったのだが、先日カカシの素顔を見てしまってからイルカはカカシを家に呼んでいない。なんとなく呼びにくい。
家に呼ぶのはやっぱりもう少し親しくなってからにしようと思った。
どこへ入ろうかと店を物色しているうちに里外れの大門の近くまで来ていた。
大門の付近には警護の忍達が物々しく立っているが、大通りに入ると外からやってくる商人達や依頼人達のための宿屋や飯屋などが軒を連ねている。出店なんかも出ていて賑やかな界隈だ。
大門から続く通りには夕方になってやっと辿り着いたのだろう、荷を背負った行商人、任務を終えて帰還する忍達、火の国の中央へ向かうらしい家族連れ、山岳地帯から来たらしい鮮やかな衣装の一団など雑多な人々が行き来している。明日、受付で会うかもしれない。
「小さい頃は忍の家の子はこの辺へは来ちゃいけませんて言われていて、商人の家の子が羨ましかったなあ」
「へえ?そんな決まりがあるんですか?」
カカシが驚いた顔を向けてくる。
「外から色んな人が出入りしてますからね。商人に化けた間者とかも入り込んでいるかもしれないでしょう。イカ焼き買ってやるからおじさんと少し話をしよう、なんて言われたら子供だったら家のこととか里のこととか話しちゃうかもしれないでしょう」
道の端からいい匂いの煙を漂わせているイカ焼き屋を見てイルカは言った。
「この辺りはいつも縁日みたいで憧れの地でしたよ。アカデミーの友達とこっそり遊びに行く計画立てたりして」
子供の頃を思い出してクスクスとイルカは笑った。狭い里の、限られた狭い世界で生きていた。
「ふうん」
カカシはイルカを不思議そうに見ていた。
幼い頃から一人前の忍働きをしていたカカシには里の外れの宿場町も大門の外の世界すら珍しいものではなかったのかもしれない。
「じゃあ、」
カカシはそう言ってすたすたと歩いていくとイカ焼きを買って帰って来た。
「はい」
そう言ってイルカにイカ焼きを手渡した。
串に刺さってじゅうじゅうと焼けた醤油たれのいい匂いをさせているイカ焼きをイルカはきょとんと見つめた。
「俺を買収する気ですか?」
「そう」
イルカが笑うとカカシは困ったように視線を逸らした。
時々、カカシはそんな顔をする。
覆面で顔を覆った男のそんな様子は胡散臭い事この上ないのだが、なんだか可愛いような気もする。
器用なのか不器用なのか分からない人だなあ。
イルカはがぶりとイカ焼きにかぶりついた。
半分食べますかと聞いたが、いりませんと言われたので全部一人で平らげた。覆面を下ろすのが面倒なのだろう。
串を屑籠に放り込んで歩き出そうとした時、大門の横に設けられた税関から張り詰めた空気が流れてきてイルカは咄嗟に気配を殺して目を凝らした。
商人らしい男が揉めている。
職業柄そういった事例はよく目にするのでおそらく禁制品を持ち込んだか通交証におかしなところが見つかったかしたのだろうと見当をつける。忍犬が騒いでいないから後者のほうか。
しばらく成り行きを見守っていたがその商人は里へ入ることを許されなかったらしく大門の外へ追い返された。
外から木の葉の里へ辿り着くには関所がいくつもある。不審者がそれを潜り抜けて来たとすると油断がならない。
イルカは考えに耽りながら振り返った。
一瞬、誰もいないのかと思った。
男は夕暮れの薄闇に滲むように立っていた。
「気になりますか?」
囁くような低い声で言われてイルカは声が出ず、男の青い片目を見上げた。
「行ってみますか?」
カカシが大門へ向かって一歩踏み出そうとしたのを引き止めて、イルカは首を振った。
「いえ、係りの者に任せておきましょう。部外者がが口を出しても迷惑がられるだけですよ」
そうですか、と答えてカカシはゆるゆる気配を現した。
張り詰めた空気なら知っている。研ぎ澄まされた刃のような殺気も、耳鳴りのするような重苦しいプレッシャーも、押し殺すようにふつりと消え去る息遣いも。
だが、こんな風に自然に空気に溶け込むように気配を断てる者はなかなかいない。
そうあるべし、と教えられてきた忍の姿がそこにあった。
この世のものではないように。
夕闇の迫る門口に灯された白い提灯の光が男の銀の髪をぼう、と照らし出した。
この人は本当に強い。