彼らは一目で見分けることが出来る。
立ち姿が美しい。
どんなむくつけき大男でも、佇まいに澄んだ美しさがある。
生粋の戦忍とでもいうのだろうか。それは上忍や中忍という階級に関係なく、生まれつきの性なのか、経験が生み出すものなのか判然としない。年代に関係があるのかもしれないと思ったことはある。大抵、そういった忍達は自分より一回り、二回り年上であったからだ。
純粋な強さというのとは違うのだと思う。
幼い頃に遠目に見た、不世出の天才と謳われた四代目はそうではなかった。
三代目もそうではない。
五代目もまた違う存在だ。
彼らは恐ろしく強靱で、そして不思議にどこかが脆いのだった。
滑らかな軌道を描いて飛ぶ鳥が、タンと軽く響いた銃声とともにぽろりと空から堕ちてくる。そんな脆さだ。そうなるまで見ている者は重力を振り切って飛ぶ、その事の奇跡を理解しない。あまりにも彼らは平然と人を離れた技を行うから、まるで人ではない別のもののように思い込んでしまうのだ。無惨に堕ちたその姿で初めて彼らが自分と同じように血も流せば命を落とすこともあるのだと気がつく。
彼らは決して慣れず、狂う事もない。優秀であるがゆえに自らの身の置き所を定めることなく流れるように危険な土地を過ぎってゆく。
イルカがまだ十代の頃、任務で行動を共にした中にそういう忍がいた。
見上げるような大男だったが優しい思慮深そうな鳶色の目をしていた。
上忍であったが何故か部隊長を務めるのは他の中忍だった。彼はただ殲滅するためだけにそこにいた。
物静かな男が、ひとたび戦闘に入ると豹変した。人としてのすべてが抜け落ちて狩りに没頭する獣のようだった。その太刀筋の美しさはいまだにありありと目に浮かぶ。
だからイルカには一目で分かった。
カカシはそういう種類の忍だった。
彼らがどこで羽根を休めるのかイルカは知らない。
「どなたかからのご紹介ですか?」
イルカは受付机を挟んで目の前に立った商人ににこりと笑って問いかけた。
外部からの依頼人には愛想良く、それが受付の鉄則だ。
「いや、紹介がないとだめなのか?」
「いいえ、そのようなことはありませんが、一応お訊きする事になっているんです」
提出された身分証明書や依頼書、通行証にざっと目を通してからそれらをまとめてイルカは席を立った。
「しばらくあちらでお待ちください」
受付ロビーのソファを示して、イルカは奥のブースへ向かった。
制服と制帽を身につけた古参の書記官に書類の審査を頼む。
「少し念入りにお願いします」
「どうした?何か変なところでもあったか?」
「はあ、」
通常は窓口に座る中忍が審査をして判を押すが、重要案件や判断しきれないものは専門職である書記官に判断を仰ぐ。彼らは各国の証明書類の形式や権力者の筆跡に精通しており、必要とあらば彼ら自身が任務のための手形や通行証を偽造もする。
「どことは言えないんですが、どうも変な感じがして」
イルカは手元の通行証を指でなぞりながら首を傾げた。
「どれ」
書記官は天眼鏡を取り出してじっくりと通行証を検分した。
「ふうん、良く出来ているがこれは偽造だな」
「そうですか?!」
ほら、と書記官は正規の通行証をイルカに見せた。
「こっちの方が紙の目が少し粗いだろう。素材は同じだが産地が違うな。おかしいと感じたのは手触りじゃないか」
指摘されてイルカもああ、と納得した。無意識に何度も紙を指でなぞっていたのはそのせいだ。
イルカは急いで件の依頼人の身柄を押さえるように指示を飛ばした。
ロビーで待っていた男は簡単に取り押さえられ別室へ連れて行かれた。
「最近、土の国の通行証の偽造が増えているな」
古参の書記官は難しい顔で唸った。
「土の国の近隣で盗掘ビジネスが流行っているみたいです」
この通行証を持っていた商人は道中の護衛を依頼してきた。
「盗掘品を転売して正規ルートに乗せるために他所の国へ持っていくんでしょう。木の葉の護衛がついていれば買い手も安心しますからね」
「冗談じゃないよ。木の葉の忍が片棒担いだ事にされちゃ信用がた落ちだ」
火影へ報告に行った者が就業後に対策のためのミーティングを開くから受付所勤務のものは会議室に集合だと全員に告げた。
「しばらく会えません」
イルカが言うと、え、とカカシは驚いてイルカの顔を覗き込んできた。
「それはどういう--------」
「出張なんです」
ほっけの身をほぐしながらイルカは言った。
今日はカカシのお薦めの一膳飯屋に来た。里のエリート上忍がこんな小さく煤けた店を行きつけにしているとは思わなかった。
魚が美味いんです。木の葉では珍しいでしょ、とカカシは海の魚の名前の並んだ品書きを見せた。
始めは小奇麗な居酒屋や小料理屋などに行っていたが、だんだんいつも通っている気の置けない安い店に行く先がシフトしてきている。外食続きで出費が痛いイルカにとっては有難い。
「別れ話かと思って焦りました」
カカシがほっと息をついた。さらりと言われた言葉にイルカはぎょっとする。
別れるってことは、まず付き合っていることが前提だからやっぱりこの人は自分と付き合っているつもりなんだな、と再確認してしまう。
「任務ですか?」
「いえ、出張です」
カカシは出張という言葉に馴染みがないのかぴんとこないらしい。
「最近、精巧な偽造通行証が出回っていて里の中にまで不審者が入り込んできてるんですよ。検問強化のためにいくつかの関所へ指導に行くんです」
依頼を受けて里外へ行くのは任務、里の業務のために外へ行くのは出張だ。
「へえー。やっぱり先生なんですね」
カカシの言葉に、は?とイルカは問い返した。
「指導に行くんでしょ」
「はあ、いや、別に俺がアカデミーの教師だから選ばれたってわけじゃ…」
イルカが指導役に選ばれたのは受付所に常駐していなくてはならない書記官ではなく他の業務も兼任している忍で、更に戦闘経験があって事務職でもそれなりのキャリアを持っているからだ。
この人、事務職なんてしたことないんだろうなあ。
思わずしみじみと眺めてしまった。
「なんですか、その目。なんか俺、変な事言いましたか?」
「いいえぇ」
ずっと純粋なままのカカシ先生でいてください、そう言うとカカシはうろたえて可笑しかった。
「ついでに有休消化してきてくれって言われてるんですよ。アカデミーも休みに入ったし、野火連山の砦まで行くんでついでに湯治にでも行ったらどうだって」
「へえ、いいですね。以前、野火の砦には駐留した事がありますけどいい所でしたよ。砦の下に湖があって景観も良いし。あそこに配属された連中はいい暮らししてるなあって羨ましかったですよ」
「そうなんですか。俺はあの辺りは行ったことないんです。楽しみだな」
楽しげなイルカの顔をしばらく眺めていたカカシが目を逸らしてぼそりと言った。
「俺も行こうかな」
「ええっ!?」
思わず椅子をがたりと鳴らしてイルカは仰け反った。
「イルカ先生、オーバーリアクションすぎ」
呆れたのか落胆したのか眉尻を下げてカカシがイルカを見た。
「いや、だって、上忍の方がそんな気軽に外へなんて出られるものなんですか?!」
「ちゃんと申請すれば大丈夫ですよ。国外へ行くわけでもないし」
いや、でも、上忍がそんな気軽に休暇が取れるわけがない。
そう言うと、あー、とカカシは気の抜けた声を出した。
「俺、今、暇なんですよ。知ってるでしょ、受付勤務なら。仕事干されてるんです」
「ええ!?」
確かに最近のカカシは簡単な任務ばかりを任務受付所で受けていた。殆ど毎日をイルカと一緒に帰っているから拘束時間も長くないような任務ばかりをしているのだろう。
「でも時々、火影様に呼び出されて…」
「ああ、適当な使い走りやらされてるんですよ。おまえは足が速いからって飛脚扱い」
写輪眼のカカシを飛脚扱い------。
「なんでそんな勿体無い!人手不足だ、人手不足だっていっつも言われてるのに…!」
万年中忍の自分でさえずっと休暇もとらずに働いてきたというのに。
「んー、まあ、懲罰の代わりというか」
ただならぬ言葉にイルカは口を噤み眉間に皺を寄せた。
「あなたにはちゃんと話しておくべきですね」
カカシはイルカを真っ直ぐに見返して居住まいを正した。
「木の葉崩しの後の混乱で有耶無耶になってたんですが、サスケの里抜けの責任を問われて俺は査問されるはずだったんです。それまでの里への貢献と、音忍の侵入を許した里側の責任もあるので不問に付すと言われはしたんですが、現在は里の中枢の任務からは外されています」
初めて聞く話だった。
だが、ずっと気にはなっていたのだ。カカシクラスの忍が受付所で任務の斡旋を受けるなんてことはあまりない。ナルト達の指導教官になるまではイルカはカカシの存在すら知らなかった。他の上忍師達も教官としての任を解かれると受付所にはあまり現れなくなった。
「でも、サスケのことはカカシ先生のせいじゃ----」
「俺の責任ですよ。上官として部下の状況をちゃんと把握していなかったし適切な対処もしなかった」
そんなわけなんで、とカカシはイルカの顔を見て問いかけた。
「俺はこの先出世はしなさそうなんですが、それでもいいですかね?」
そんなこと、万年中忍の自分に訊くな。
「関係ないです、そんなこと。俺だってカカシ先生の一人くらい養っていけます!」
どん、と卓に拳をついてイルカは言い切った。
「行きましょう、温泉。一緒に」
あ、でも、とイルカは卓に並んだ皿を見下ろした。
「明日からはうちでご飯食べましょう。お金貯めないと」
イルカの言葉にカカシは嬉しそうに目を細めた。