なんとなく目につくようになった。
自分の抱いた女を抱いた男の姿が。
いや、逆だ。男の抱いている女を自分が抱いた。
忍びの世界はそっち方面のモラルが緩い。里内にはそういった関係にある人間は多いんじゃないかと思う。カカシは今までそんな事は気にしたことがなかった。玄人だって素人だって、女にも楽しむ権利はあるだろう。病気にさえ気をつけたらいいんじゃないの。そんな風に思っていた。
よく男は女と一緒に見かけた。内勤らしく本部棟にいることが多い。女の不貞にも気がつかず、真面目くさった顔で並んで歩いているのを見ると哀れだなあと思った。
優越感も感じていたと思う。
いつも背筋を伸ばしてきりりと眉を怒らせている。若いのにいつも眉間に皺が寄っている。苦労性っぽい顔だ。
俺、あんたの女と寝たよ。
そう言ってやったらどんな顔をするだろう。どんな風に怒り、悲しみ、自分を憎むだろう。そんな空想をした。
そんなことばかり考えていて、だんだん我慢が出来なくなった。
悪いなあと思いつつ、再び女に声を掛けた。女は二つ返事でついてきた。
「はたけ上忍から呼んでもらえるなんて光栄です」
したたかに笑う。
その日は早い時間に待合いにしけ込んで、後、カカシから誘って食事に行った。気取りすぎない小料理屋でテーブル席に向き合って軽く飲んで話をした。主に男の話をした。女はカカシが自分の男のことを聞きたがっているのを敏感に感じ取ったらしい。嫉妬だの優越感だの、独占欲や他の男と比べられることへの焦れなど、そういった男の感情をくすぐるような話を色々と聞かせてくれた。心得たものだ。
男は中忍でアカデミーの教師だそうだ。任務依頼所や報告所で受付の係もしている。
名前はうみのイルカ。歳はカカシより一つ下だ。
つきあい始めたのは友達の紹介だそうだ。そろそろ結婚して子供が欲しいという話をしていたら内勤をしている女友達から彼の同僚に話がいって、最初は四人で、その後は二人で会うようになった。自分は特別上忍で里外の任務に出ることも多いから、父親として子供をしっかり育ててくれそうな人がいい。彼女の希望はそれだけだったが、うみのイルカは内勤で危険な任務に出ることも少ないし、火影や里の中枢の人間の信も篤い。任務経歴も優秀で思わぬ拾い物だったと女は言った。
「ふーん、先生なんだ」
自分には出来そうにないなあ、と思った。憧れるけど。昔、自分を導いてくれた金の髪の先生みたいになれるものならなりたい。大きくて優しい存在に。
女はカカシが自分の恋人を気にするのが面白いらしい。写輪眼のカカシを手玉に取っている気になって楽しいのだろう。カカシも、もしかしたら自分はこの女に惹かれているのじゃないかと思った。寝た相手がこんなに気になるのは初めてだ。
これって禁断の恋ってやつ?俺、あの男から恋人を略奪しちゃうのかな?
そう考えると心が浮き立った。
「また誘ってもいい?」
別れ際、カカシがにっこり笑って言うと女も笑って、是非に、と言った。
女と逢瀬を重ねながら、カカシはちょくちょくアカデミーや受付所を覗きに行った。女の恋人、うみのイルカが校庭で生徒達に忍術を教えていたり、受付机の向こうで書類を捌いている姿を眺めた。女と並んで歩いているのを見た時には生真面目そうな堅苦しいだけの男に見えたのに、職場での彼は表情がよく変わる。任務帰りの忍び達を「お疲れ様でした」と労う柔らかい表情や、わがままな依頼人を相手にあれこれと妥協案を提示している必死な顔、同僚相手に眉尻を下げて笑っている顔、生徒達を怒鳴りつける険しい顔、教壇に立つ真剣な顔、とりわけ印象的だったのは生徒達と一緒に休み時間に駆け回っている時の笑顔だ。子供みたいな朗らかな混じりけのない笑顔だった。
忍びで、いっぱしの中忍で、なのにあんな顔で笑う男がいるのか。カカシは意外な気持ちで男を見つめていた。
「ねえ、こういう時、あの人はどうするの?」
閨でカカシはよく女に尋ねた。
カカシの嫉妬が心地よいのか、女は明け透けに男の仕草を話してカカシを煽った。
あの人はこうするの、ここが好きなの、こうすると男らしい眉毛を寄せて気持ちよさそうに声を漏らすの。
女の言葉にカカシはひどく興奮する。
女に言われたとおりに男の動きをなぞって手を這わせる。女の体に男の痕跡を探して隅々まで目で侵した。
自分はこの女が好きなんだとカカシは思った。