男が時折、険しい光を目に浮かべることがある。顔から表情が抜け落ちて、能面のような顔に目だけが冷たい光を放つ。ほんの数瞬、凍りついたように男は立ちつくす。
視線を辿ると必ず一人の子供がいた。
金色の髪をした、背の小さな男の子だ。
すぐに思い当たった。
里の忌み子、九尾の器だ。
もうアカデミーで学ぶような年齢になっていたのか。
カカシの先生が里を守るために自分の命と共に生け贄にした子供。カカシはあの子供を憎いとは思わない。里のために小さな体を差し出された哀れな子供だ。だが里の人々は子供に冷たい。九尾の爪痕は深く、悲惨すぎた。
少年を見つめて凍りつく男も、あの晩に何かを失ったのかもしれない。
男はよく少年を叱りつけていた。他の子供に対するよりもその態度は厳しいように感じられた。少年の方も悪戯がひどい。わざと見せつけるように次々と悪戯を繰り返す。
放課後の校庭で二人の姿を見つけた時、だからカカシは少年が教師にいびられているのかと思った。
一人だけ居残りで何度も同じ術を繰り返しやらされていた。
少年と向き合って立った男は腕組みをして険しい顔で少年を見つめている。
少年は必死で印を組み、チャクラを練るのだが、どうしても術が正しく発動しない。印が少し間違っている。遠目に昇降口から眺めていても、カカシの目にはもたもたとした少年の手の動きが正確に見て取れた。
あれでは何度やってもうまくはいかないだろう。いつまで経っても少年は帰れない。陽は傾き赤光がアカデミーの校舎を照らす。
どうするのかと思っていると、男がすいと動いた。
少年の後ろに回って身を屈め、小さな手を後ろから自分の手で包み込んだ。
少年の耳元に何か語りかけながら丁寧に少年の手に印の形を組ませる。
呼吸を合わせ、チャクラを合わせ、ゆっくりと力を練り上げてゆく。
ぽん、と術がはじけた。
自分の手から発せられた小さな波動に驚いたように少年は目を見開き、教師の顔を振り仰ぐと輝くような笑顔を見せた。
「できた!できたってばよ!」
歓声を上げて、教師の腰に飛びつく。教師も笑って、先ほどの険しい顔が嘘みたいに明るい声で「よくやったな!」と、両手で子供の頭をくしゃくしゃにする。
それから、何度かお復習いして、沈む陽と一緒に二人は帰って行った。
並んで歩く子供を見下ろして、ふとまた男の目に冷たい光が見えた。迷うようにゆるゆると伸ばされた手が、そうっと少年の前髪を掻き上げ柔らかく額を撫でた。くすぐったそうに子供が笑い声をあげる。男はその声を聞いて安心したように表情をゆるめた。
カカシは理解した。二人は不器用に恐る恐る、だが懸命に触れ合おうとしていた。
それは痛々しくて悲しくて、だが暖かい光景だった。
カカシは頻繁に女を呼び出すようになった。
会うと必ず男の話をさせた。
最初は面白がっていた女もだんだん異様に感じるようなほど、あの男の事ばかり話させた。
だが女が「あの子供には関わって欲しくないと思っているの」と言い出すと、嫌になって口を塞いでしまった。
「あれが暴走したら彼は止められないだろうし、私も、誰も止められない」「手に負えないものには近づいて欲しくない」
女が言うことは正しかったが、カカシは聞きたくなかった。あの男と違う言葉は聞きたくなかった。あの男ならそんな事は言わない。だから口を塞いで強引に押し倒した。
抱きながら女の鼻筋に傷跡を探して舌で舐りまわした。
目を閉じると掻き抱いた亜麻色の髪の感触が、あの黒い髪のもののような気がした。
こんなに狂おしく誰かを抱いたことはない。
カカシは女を愛おしいと思った。
自分にこんな激しい感情をくれる女をかけがえのないもののように思った。