Step On Tiptoe

真っ黒な影。
逃げても逃げても追ってくる。
巨大な獣。
必死で走るのに思うように体が動かない。 足が縺れて転倒した。
――やめて!
振り返り叫んだ。
――食べないで!
大きな影が覆い被さってきた。

「いやああああ!!」
自分の悲鳴で目が覚めた。
跳ね起きてそこがベットの上だということに気付くまで数秒かかった。試験 期間中、自分にあてがわれた寮の一室だった。荒い息を整えようと大きく息を つく。びっしょりと寝汗をかいていた。
長い金の髪を掻き上げ、爪を噛んだ。神経質な彼女の癖。そのまま膝を抱え てしばらくぼんやりとしていた。
「起きなくちゃ…」
土の曜日、研究院に行く日だった。
さっとシャワーを浴びて鏡の前に立つと、泣きそうな顔の自分が映っていた。

「おはよう」
研究院に入ると先に来ていたアンジェリークと意外な人物に出会った。補佐 官のロザリアだった。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
今まで研究院で守護聖達に出会うことはあったが、ロザリアに会うのは初め てだ。
「どうしたってわけではないのだけれど、ちょっと様子を見にね」
「そう」
「視察が終わったら二人ともお茶をご一緒しましょう」
にっこりと上品な微笑みを浮かべてロザリアは二人を誘った。試験が始まっ て二ヶ月、二人の候補の育成の成果は拮抗しており、まだまだ結果は見えてこ ない。ロザリアなりに状況を把握しておこうというつもりなのだろう。誘いを 受けてしっかりしたところを見せておかなくてはならない。
しかしレイチェルは気が進まなかった。
「……顔色が悪いみたいね」
ロザリアの言葉にはっと顔をあげる。
「どうかしたの、アンジェリーク?」
しかしロザリアが言ったのは自分ではなくアンジェリークの事だったようだ。 確かにいつも大人しく静かなアンジェリークは、今朝はそのせいばかりではな く口数が少なかった。見ればずいぶんと顔が青白い。
「すみません、私、今日は視察、お休みしちゃいけませんか?」
アンジェリークの言葉にレイチェルだけでなくロザリアやそばに立っていた エルンストも意外な顔をした。
「どうしたの?気分が悪いの?風邪かしら」
心配げにロザリアがアンジェリークの額に掌を当てた。
「いえ、そうじゃなくて……私…」
怖い夢を見たんです、小さくアンジェリークは呟いた。
「夢?」
エルンストがあからさまに、なんだ、という顔をした。
「すみません、変なこと言って…」
不安げにアンジェリークは自分を囲んだ人々の顔を見回した。
「でも、どうしても今日はアルフォンシアには会えそうにないんです」
だって、とアンジェリークは続けた。
「夢の中でアルフォンシアが…」
ざわり、とレイチェルの中で真っ黒な影が蠢いた。
「大きな怪物みたいになったアルフォンシアが私のこと、食べちゃうんです」
「いやああああああ……!!!」

――いやだ!
――いやだ!!食べないで!!!
――食べちゃだめ!!!!
「だめよお……!!」
――パパ、パパ、違うの
――ママ、助けて
――助けて……
気がふれたようにレイチェルは叫び続けていた。茫然としたアンジェリーク の青緑色の瞳。ロザリアとエルンストが慌てて自分を取り押さえているのがス ローモーションのように見えた。

研究院の医務室に運ばれ鎮静剤を打たれてベッドに寝かされた。涙でぐしゃ ぐしゃになった顔でぼんやりとレイチェルは白い天井を見上げていた。薬が効 いているせいか、頭がよく働かない。どれくらいそうしていたのか。不意に傍 らにエルンストが立っているのに気がついた。
自分を見つめている。彼が自分をここまで抱えて運んできてくれたのだ。そ うやってずっと見ていてくれたのだろうか?
「大丈夫ですか?」
焦点を失ったレイチェルの眼に光が戻ったのを確認してエルンストは声をか けた。
「ワタシ…」
「どうしたんです?」
「ワタシ…」
アンジェリークが見た夢。アルフォンシアに食べられるアンジェリーク。
「ワタシも夢を見たよ」
「夢、ですか?」
こくり、とレイチェルは頷いた。
「ルーティスが真っ黒な大きな獣になって追いかけてくるの。そしてワタシを 食べちゃうんだ」
でも、違う。
「ルーティスはワタシなの」
ワタシがワタシを食べてしまう。
「ワタシがみんなを食べちゃうの」
ポロポロとレイチェルの両目から涙がこぼれた。
「どうして、そう思うんです?」
「だって……パパもママも、私が食べちゃったんだもの」

小さい頃からみんなはワタシを特別扱いしていた。ワタシは自分が「天才」 だからだと思った。そうみんなが言ったから。
「この子は天才だよ」
パパの書斎で大きな本棚に並んだ皮表紙の立派な本を読むのが好きだった。 そうするとパパはいつも自慢げに笑ってそう言ったから。
ママは絵本とか子供っぽい本ばかり買ってくれた。たいして面白くなかった。 パパやママの読んでいる難しい本を読む方が好き。だってパパもママもいつも そんな話ばかりしているから。
絵本の話なんて聞いてくれない。だからきっとくだらないものなのよ。

学校に通うようになってビックリした。みんなくだらないことばかりおしゃ べりしてるんだもの。
もっと驚いたのは先生達もそうだったこと。授業中は退屈でうんざりした。 一度聞けばたくさんだって問題ばかり。それでも分からないって子がいるのが 不思議。
みんなは「レイチェルってすごい」って言う。
「私にはみんなの方が不思議」って言ったらみんなイヤそうな顔をした。
いつも、私の髪の毛を引っ張ったり、スカート捲ろうとする男の子がいた。 なんでそんなことするのか分からない。その子成績もたいして良くない、馬鹿 な子。くだらない。
だから、そう言ってやったの。だって、その子ワタシの教科書、チョークで メチャメチャに汚したのよ。そうしたら、その子泣き出してしまった。どうし て本当のこと言われて泣くのか分からない。ワタシ、「変なの」って言ったわ。 それから誰も私に話しかけなくなった。
でもどうせみんなくだらない話しかしないから別によかった。
そのうちもっと上の学校から編入試験を受けないかって話が来たから、その 学校はやめてしまった。新しい学校は家から遠いから寮に入らなくちゃならな かったけど、どうでもよかった。パパもママも家にはあんまりいないから。
それから幾つかの研究機関を転々とした。前の学校よりずっと楽しかった。 みんな私より年上の人ばかりで、くだらない話なんてしない。ライバルは沢山 いたし、足を引っ張ろうとするイヤな奴もいたけど、その方が分かりやすいか らよかった。だってさ、「友達」とか、ワケ分かんないじゃない?

長い休暇は家族で過ごした。家に帰るたびに弟が大きくなってた。あの子も 頭は良いの。でもワタシほどじゃなかったけど。そのくせ時々生意気な口をき くから腹が立つ。パパやママが甘やかしたせいだと思うの。だって、ワタシが 小さい頃はいつも家政婦さんとお留守番だったのに、あの子は小さい頃からマ マの仕事に連れていってもらってたの。別に仕事の邪魔をしないいい子だった からじゃなくって、それだったらワタシの方がずっといい子だったよ、育児に 対する考え方の変化ってヤツ。ワタシが小さい頃と違ってパパもママも生活に 余裕が出来たってせいもあると思うわ。ワタシも弟は好きよ。すっごく可愛い の。休みに帰ると、必ず一緒のベッドで寝てたわ。あの子、地区の少年野球ク ラブに入っててピッチャーだって言ってた。「それってすごいの?」って聞い たら、「レイチェルはなんにも知らないんだ」だって。むかつく。でもワタシ に自慢したかったらしい事が分かって貰えなくてあの子も不満そうだった。
よくパパと弟は庭でキャッチボールをしていた。それがワタシには驚きだっ た。ワタシの知っているパパはいつも書斎で難しい本を読んでいたから。パパ はワタシと難しい話をしている時より楽しそうだった。ママもにこにこしてる の。それを見てるとワタシすっごくムカムカしたわ。「レイチェルもやろう よ」って弟はいったけど、ワタシ球技ってキライ。陸上とか一人でやるスポー ツの方が好き。だから、いつもワタシ、パパの書斎で本を読んでた。キャッチ ボールが終わったらきっとパパは書斎へ来るから。
でも大抵は、ママが「ご飯よ」って呼ぶ方が先だった。パパとママと弟が先 に食卓に着いてニコニコ話しているのを見るとまたワタシはムカムカした。
「なにかワタシ間違ったのかしら?」って気持ちになるの。でもそんなはず ないって思った。だって私は「天才」で、パパもママもワタシのこと自慢の娘 だって言ってるもの。

あの年の春休みもいつもみたいに家で家族で過ごしたの。
パパは庭で弟とキャッチボールしてた。私はパパの書斎の窓からそれを眺め てた。何の気なしに机の上のノートを見た。パパがずっとしている宇宙生成学 の研究ノートだった。その頃はワタシもパパの研究の内容が分かるようになっ てたからパラパラ眺めてみた。いくつもの公式が並んでて、「ふうん」て思っ た。こんな事を研究してたんだ。公式の列に一カ所だけ空白があった。ワタシ は少し考えてそこに入るはずの公式を書き出してみたの。たった数行、それだ け。私にとってはパパと弟のキャッチボールの方が大きな問題だった。
夜、夕食の後、いつもみたいに書斎へ籠もったパパが血相を変えて居間へ飛 び込んできた。あのノートを持って。
「これを書いたのはレイチェルか!?」
物静かなパパのそんな大きな声を初めて聞いた。ワタシびっくりして頷いた。
「お前はパパの才能も努力も全部食い尽くしてしまうんだな」
その時の、パパの眼。
いつも研究院で向けられてる、あのライバル達の眼と同じだった。
嫉妬と、羨望と。
怪物を見るみたいな眼。

――いやだ、いやだ
――他の誰がどう思ってもいいの
――でもパパはそんな眼をしないで!!
――そんな風にワタシを見ないで!!!

――誰もいなくなっちゃうよお……!!!!

パパは私の名前でその論文を発表した。それからずっと不機嫌になった。私 のことを避けるみたいに書斎から出てこない。ママは途方に暮れているみたい だった。
弟が夜、部屋に来て「ばーか」って言った。「何がばかよ!」って怒鳴り返 したけど、やっぱりワタシはバカだって思った。研究院の誰よりも、学校の誰 よりも、あの泣いてしまった男の子よりも。

それからしばらくして女王候補に選ばれた。パパとママはワタシが聖地へ行 くことになってほっとしたみたい。
「お前は女王候補に選ばれるような娘だったんだ」ってパパは言った。
ワタシは泣きそうになった。パパがワタシを遠くにやってしまうって思った。 心の中で。ずっと遠くに。今までは遠くにいても手を繋いでいてくれてた。で も今度はその手を離されてしまうんだって思った。
でもしょうがないのかもしれない。だってワタシ、「天才」なんだもの。パ パが言った通りよ?「女王候補に選ばれるような娘だった」んだもん。みんな とはちがうの。ひとりぼっちでも当然なの。
聖地へ出発する朝、見送りに来た弟が「レイチェルがいなくなって清々す る」って言った。いつもパパもママもワタシの事ばかり誉めるからイヤだったっ て。「でも寂しい」とも言った。泣いてた。パパもママも泣いてた。弟が「う まくやれよ」って言った。
それを見てて、やっぱりここはワタシのいる場所じゃなかったんだって思っ た。最初の学校をやめた時といっしょ。ワタシはみんなを食べちゃうから、遠 くへやられてしまうんだ。
でもその方がいい。ワタシもパパやママや弟を食べちゃうのはイヤ。悲しい。
今度はうまくやろう、って思った。自分が怪獣だって気付いたから。平気。 ワタシ、うまくやる。

「あなたのお父様の論文は拝見しましたよ」
エルンストが静かに言った。
「立派なお父様ですね」
机の上のティッシュの箱を取ってレイチェルに差し出した。レイチェルは黙っ て顔を拭った。
「他人の研究を盗んで平然としているような連中の多い世界で珍しく高潔な人 柄と聞いています。論文があなたの名前で発表されたエピソードも研究者の間 では語り草となっています。研究者として一人立ちしようとする娘への最高の 餞だろうと」
「餞?」
「あなたを娘としてではなく一人前の研究者として認めたということですよ」
「……」
レイチェルには思ってもみない事をエルンストは言った。
「あなたのお父様もお母様も小さい頃からあなたのことを一人の人間として尊 重しておられたのでしょう。子供のあなたには厳しい態度に思えたでしょうけ れど」
エルンストはレイチェルの顔を見ながら淡々と語った。
「私の恩師はあなたのお父様とは正反対でした。いつまでも教え子は自分の所 有物だと思っている。私の最初の研究論文は恩師の名前で発表されました」
「え!?」
「私が下書きしたものを恩師が清書してね。学者の世界ではよくあることなん ですよ」
「ワタシそんなの知らないよ。そんなの変だよ!」
レイチェルは憤然とした。そんなのは絶対におかしい。自分の母親や父親か らだってそんな話は聞いたことがない。
「私もまさか、と思ったんですが。恩師を信じてもいましたから」
「それで?どうしたの?」
エルンストは微かに笑った。初めてみる彼の表情にレイチェルは驚いた。
「学友達が助けてくれました」
学友、友達、助けてくれた?
「相手は権威ですから、学校側もそんなことが公になってはまずい。訴えても 揉み消されるのが落ちだと私は諦めていました。そもそも重要なのは論文の内 容であって、発表者の名前などではない、などと自分に言い聞かせて。でも」
馬鹿な男がいましてね、そう言ったエルンストの眼は言葉とは裏腹に親愛の 情に溢れていた。
「学校中を巻き込んで授業ボイコットをやらかしたんです」
「そんなことしたら研究が遅れちゃうじゃない」
「遅らせたんですよ、わざとね。」
面白かったですよ、そう言うエルンストにレイチェルは呆れてしまった。もっ と真面目で冷静な人だと思っていた。
「結局問題の論文は恩師と私の共著と言うことに落ち着きました。まあ、顔を 潰したかったわけではないですから、謝罪してもらうだけでよかったんです ……」
自分に頭を下げた恩師の顔を見ていてエルンストは悲しくなったと言った。
「やるせないものです。尊敬していた人間があんな事をした挙げ句、自分に頭 を下げるんですから。だからあなたのお父様の話を聞いて心底私は羨ましく思っ たんです」
エルンストは本気でそう思っているみたいで悲しそうな、優しい眼でレイチェ ルを見ている。
「エルンスト…」
「はい?」
「なんで今日はそんなに顔が変わるの?変だよ。いっつもお面みたいなのに」
レイチェルの言葉にエルンストは苦笑した。
「さあ?あなたが…」
昔の自分に似ているからでしょうか…、エルンストは言葉にはしなかっ た。プライドの高いレイチェルがそんな大人ぶった言葉を認めたがらないだろ うと思ったからだ。そんなところも昔の自分と似ている。
「あなたに必要なのは、友人です」
「そんなの…」
いらない、とレイチェルは思った。
「何するの?友達になって」
「くだらないこと、ですよ」
「そんなの、変」
「変?」
「くだらないこと、どうしてわざわざするの?」
「家族と友達の違いがなんだか分かりますか?」
反対に訊ねられてレイチェルは口を尖らせた。
「血が繋がってないこと!」
「そう。だから家族は選べないけど、友達は選ぶことが出来るんです。自分の 好きな相手と、くだらないことをするんです。素敵でしょう?」
エルンストは楽しそうに言ったけれどレイチェルはまた泣きそうになった。
「じゃあ、ダメ」
「どうして?」
「だって…、ワタシにふさわしい人なんていないもの!」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって…」
――ワタシにふさわしい人、私のこと好きになってくれる人がワタシにふさわ しいの。ワタシのこと、いらないって言う人はワタシだっていらないの。でも ワタシはみんなを食べちゃうから、きっと誰もワタシのこといらないって言う の。
「ワタシはみんなとちがうもん」
家族ならいい。血が繋がってるから。それでもダメだったけど。血の繋がら ない他人なんてもっとダメ。
「あなたの周りにはいませんか?馬鹿で間が抜けていて、そのくせお節介でお 人好しでイヤになるくらい図太くて、くだらない事ばかりなのになんだか一緒 にいると楽しくなるような、そんな人間が」
「いない」
「本当に?」
「いない!」
レイチェルは布団をはねのけて、起きあがった。自分が持ってないいいもの を、エルンストは持っているんだと思うと我慢できなかった。エルンストは自 分と近いと思ってたのに、ズルイ、と思った。
「もう平気。今日は帰る」
「じゃあ、馬車を呼びましょう。隣の部屋にロザリア様とアンジェリークがい ますから声をかけていってください」
エルンストはいつもの冷静な声で言った。

隣は職員用のラウンジだった。午前中の清潔な光が壁一面の大きな窓から明 るい配色の室内に差し込んでいる。。コーヒーメーカーや給湯用のポットなど が一隅のテーブルにセットされていた。
ドアからそっと覗くとロザリアとアンジェリークが並んだソファの一つにテー ブルを挟んで座っているのが見えた。他に人の姿はなく、二人の低い話し声が 聞こえてくる。
「――――それで、あなたはアルフォンシアにはもう会いたくないの?」
ロザリアの問いにアンジェリークは小さく頭を振った。そういえばアンジェ リークも自分と同じ夢を見たと言ったのだった。レイチェルは不思議に思った。 女王試験が何らかの影響を二人に与えてあんな夢を見せているのだろうか。 ア ンジェリークは膝の上に組んだ手を見つめながら言った。
「夢の中のアルフォンシアは、急に大きくなってしまって私のことが分からな いんです。だから私のことを食べちゃうんです」
「アルフォンシアが怖い?」
「いいえ、」
アンジェリークは抑揚のない声で話している。
「私、夢の中でアルフォンシアに食べられちゃって、どうかアルフォンシアが それに気がつきませんようにって思うんです」
「どうして?」
ロザリアの意外そうな声。アンジェリークの栗色の髪が揺れた。
「夢の中のアルフォンシアは自分が私を食べてしまったことに気がつかないで、 ずっと私のこと探してるんです。もし自分が私のこと食べちゃったって気がつ いたら……そんなの可哀想です」

小さな嗚咽にアンジェリークとロザリアが振り返った。ドアの影に立ってい るレイチェルに気がつくと慌てて駆け寄ってきた。
「レイチェル?大丈夫?どっか痛いの?」
アンジェリークがレイチェルの肩を抱いた。堪えきれずにレイチェルはその 場に蹲って、子供みたいにわんわん泣いた。
「レイチェル?レイチェル?」
――そうよ、
――ずっと探しているのよ
――どうして誰もいなくなっちゃうの?
――ワタシが食べちゃったから?
――寂しい
――悲しい
――痛いよお!!!

「痛いよお、」
「レイチェル!?痛いの?どこが痛いの?」
気持ち。ココロ。痛いの。痛いの。
「こうしてて…」
「レイチェル…」
アンジェがきつく抱きしめてくれた。
「大丈夫、大丈夫だからね」
優しく言ってくれた。
お姉さんみたいだった。
ワタシより背も低くってちんちくりんなのに。
全然頼りなくって、泣き虫で、育成だってたいして上手じゃないし、とろい し、間が抜けてるし、なのに頑固でめげなくっていっつも「レイチェル、レイ チェル」って。
競争相手なのに。
アンジェって変。

帰りの馬車の中でそう言ったらアンジェはむっとして「レイチェルの方が変 よ」と言った。
「ワタシ?全然変じゃないよ!」そう言ったのにアンジェは首を横に振って認 めてくれなかった。お互いを変だ、変だって言い合ってたら可笑しくなって二 人して笑ってしまった。くっだらないの!
「ね?レイチェルもあの夢見たの?」
アンジェに聞かれて頷いた。
「怖かった?」
「寂しかった」
アンジェが繋いだ手をぎゅうって握ってくれた。ワタシもぎゅうって握り返し た。
「大丈夫だよ」
アンジェがきっぱり言った。アンジェがそう言うと、本当に大丈夫な気がし た。アンジェはきっと私に食べられたりなんかしないだろうなって思った。だっ て大人しそうに見えるのに全然頑固で強いんだもん。
馬車に揺られながら、アンジェがワタシのこと好きになってくれないかな あ、って思ってた。

「思春期の少女は敏感だと言いますからね」
エルンストはモニターに映る生まれたばかりの宇宙を眺めていた。
「成長痛のようなものだと思います。自分の力が大きくなっていくことへの不 安感があんな夢になって現れたのでしょう」
「そう」
ロザリアは帰り際の二人の少女達の姿を思い出していた。
「エルンストはレイチェルに何を話していたの?」
「はあ・・・、まあ、色々」
早熟な才能には、それを持たない人間には理解できない困難がある。同じよ うな苦痛を味わってきたエルンストは少しでもレイチェルの救いになってやり たいと思った。でもそれが自分の役目ではないことも知っていた。
「つまらないことです」
口ごもるエルンストにロザリアはありがとう、と優美な微笑みを浮かべた。
「きっと素晴らしい宇宙になるでしょうね」

二人が成長することの痛みや恐れを乗り越えた時にはきっと。  彼女たちにはそれが出来るはずだ。
だって、ひとりぼっちではないのだから。

おわり

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