#18 お疲れおにぎり

ねえ、よくあるじゃない?
寝てる時になんかエッチな気分になってどうにもなんないような気分になる時。
疲れててそんな体力ねーよって感じなのに、したくてたまらなくなるんだよね。
「そりゃ、疲れマラってやつじゃないのか?」
違う、違う。
寝ながら自分の股間を触ってみても全然反応はしてないんだよね。でもなんか訳分かんないエロチックな夢を見ちゃうんだよ。
緑色のグニャグニャが意味不明に蠢いてたり、赤と青の斑点が視界一面に広がってたり。若い頃はそんなんだったんだけど、なんでかな?最近、ある特定の人ばっかり夢に出てくるんだよね。見た事もないのに裸だったりさ、なんか安っぽいポルノ写真みたいな格好してたりさ。我ながら想像力が貧困だと思うんだけどさ。
実際にあの人を最後に見たのはいつだっけ?
三代目の葬儀の時だったから、結構前だよね。
雨に濡れて、潤んだ目で木の葉丸を抱きしめていた。
少し離れた所でエビスが複雑そうに二人を眺めていたっけ。
誰もがあの人みたいに出来るわけじゃない。
あの人は狡いよね。分かりやすい笑顔で、分かりやすい優しさで、温もりで。
でもあの人の目が辛そうに揺れていて、それがなんだか溜まらなかったんだ。悪趣味な意味でじゃないよ。それも少しあるけど。
ああ、里の一大事に俺は欲を覚える事が出来るんだなって、自分でも意外だった。
夜遅くに三代目の執務室に出頭した事ある?
呼び出されて、重々しい扉を開くと丸く曲線を描く壁に明かり取りの窓が、そのむこうはもう真っ暗で、その闇をバックに三代目が書類の山の向こうからちらりと目を向けるんだ。三代目の座っている執務机の上には乱雑に諸国の情勢図やらが散らばっていて、その横に場違いに湯飲みと皿に載せられたおにぎりが置いてあるの。海苔も巻いてない塩で握っただけの握り飯で、付け合わせは決まって大根のお新香だよ。よく浸かっていそうな渋い芥子色のね。
時々、秘書官でもないのにあの人が横のドアから現れては書類を整理して運んでいくんだ。そしてまた新しい書類を持ってくる。年度末の決算期なんかに多かったな。
あのおにぎりはあの人が握って持ってきてるみたいだった。仕事の合間に食堂に行って、余りご飯を貰っては握ってきてたみたい。
知ってた?
三代目はあの人が出した物だけは毒味もせずに口を付けるんだよ。
火影のくせにさ。誰かがあの人に変化してたらどうするつもりなんだろう。
でも、無理だ。戦闘中ならいざ知らず、普通の生活の中であの人に成り済ますのは至難の業だと思うよ。あの滲み出る温かみはちょっとやそっとじゃ再現出来ない。
そのくせ、本人は変化の術が得意なんだって。
知らない誰かに変化して、そっと相手の心に忍び込むのが得意なんだって。
狡いんだよ、あの人。
夢に現れて、いやらしい姿態の限りを尽くすくせに夢精もさせてくれないんだもの。
ねえ、どう思う?
って、俺、誰に話しかけてるんだ?

目が覚めると病院の白い天井が目に入った。カカシにとってはおなじみの光景だった。チャクラ切れのたびに担ぎ込まれる。
だが今回はいつもより少々ヘビーな状態だった。イタチの月読をまともにくらった。
綱手姫が帰ってこなかったら二度と目覚められなかったかもしれない。連れ帰ってくれたナルトと自来也様に感謝だ。
さて、いつもの病室なわけだがいつもと違う気配がある。
カカシのベッドの横の椅子に座って、横を向いて何かしている。カカシは身を起こさないまま、頭を上げてそちらを見た。目に入ってきたのは枯れ草色のベストと、他の者達が身につけているのとは違う緑色のジャンプスーツだった。
「なんでおまえがいるんだ?」
そして、なんで机に向かって座って握り飯を食べているんだ?
「お、目が覚めたのか」
ガイは片手に持った握り飯をそのままで振り返った。
「おまえが起きあがれるようになるまでは警護がつくことになっているんだ。今日は俺の番てわけだ」
「そんなことに割いていられるような人員がいるのかねえ、今の里に」
「だからこそ、これ以上の犠牲は出せないって事だ。分かっているならさっさと体を治せ」
ガイは二カッと笑って飯粒の着いた歯茎を見せた。食べながら笑うなよ、とカカシは思ったがなんとなくいつものガイの笑顔よりも輝きが足りないような気がして眉を顰めた。
「なにかあったのか?」
気になるまま尋ねた。ガイは「はは!」と空虚な笑い声を上げた。
「何にもないさ。おまえはただ体を癒すことを考えていろ」
そう言いながら、また握り飯をガイは食べ始めた。誰かの差し入れなのだろう。ラップのかかった皿に白米だけの握り飯とお新香が載っている。どこかで見たような…。
「イルカも心配していたぞ。おまえ達、中忍試験の受験推薦の時に言い合いをしたままだったからなあ。早く元気な姿を見せてやれ」
あ、それ。
「それ、イルカ先生が?」
「ああ、うん。時々、時間の空いた時に差し入れてくれるんだ。具は入っていないが塩だけでもなかなか旨いぞ」
ちょっと、俺への差し入れじゃなくて?警護役への差し入れなの?相変わらずひどい人だな。
なんだか弄ばれているような気持ちになってカカシは口を歪ませた。
本当にあの人は自分のことをどう思っているのだろう。
「カカシ」
ガイの重々しい声に意識を引き戻されてカカシは再び視線をガイへ向けた。
「おまえ、自分が忍者じゃなくなったらどうする?」
「は?俺たちが忍者じゃなくなる時は死ぬ時でしょ」
あっさり答えたカカシにガイはハッとしたような顔を見せた。
「分からないけどね。こんな風に何度も病院のお世話になっているようじゃ。でも今は他には考えられないよ」
そういう風に生かされてきたから。
いや、生きてきたのだ。自分で。
「そうか」
深く息をついてガイはまた握り飯を一つ手に取った。
「塩だけでも結構、いけるな」
うん、と頷いて弱々しく笑ったガイがその時にどんな決断をしていたのか、カカシは事が起きる後まで知らなかった。
色ぼけしていたのだ。

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