夢路

 

 

 

懐かしい風の匂いがしています
あの扉から風が入ってくるのでしょう
階段の踊り場に黄金色の日差しが差し込んでいます
柔らかな光
あの扉の外から
そこでは空気の澱むことはないのでしょう
乾いた風がずっと吹いています

 

どうやってあそこへ行けばいいのでしょう?
薄暗い階段に蹲って私は考えています
足を踏み出して、階段を昇って

けれどあそこへ辿り着くことはできません
ただ屋上のコンクリートの床を夕日が照らしているだけなのです

 

 

こんなにも懐かしいのに
その風景を私は心の中に思い描くことが出来ます
この肉体が私を閉じこめているのです
悲しみだけが私を満たしているのです
もっと透明にならなくては、

奥へ、奥へ

 

 

男の手が厭らしく私の肉体をまさぐっています
私の肉は醜い男を受け入れます
けれど本当の私はここにいるのです

この小さな頭蓋の奥に、
真っ暗な闇の中で膝を抱えて眠っているのです
記憶を逆さに辿り、あの扉を探しているのです
風の匂いをかいでいるのです

 

 

ああ、なんて息苦しいのでしょう
空気が澱んでいます
あの扉を探さなくてはなりません

外へ、外へ

 

 

最近、よく記憶が途切れることがあります
もう半分私は向こう側へゆきかけているのかもしれません
早く外へ出たい

 

 

内股をつたい落ちる血の生暖かさにぞっとしました
ああ、ついに、
濁りきった肉に耐えきれず、私の外郭は壊れてしまったに違いないのです
無下にし続けた肉が私に復讐しているのです

私はひっそりと笑いました

 

 

 

「御本人にしか渡すことは出来ません」

午後の光が白い壁に反射しています
ガラス瓶の中に詰められているみたいだと思いました
耳の奥に空気が詰まっているようで、なのに彼の声はよく響きました
怯えたような黒い瞳の奥
もっと奥

 

あの扉が見えました

 

「私です」

 

私は彼の手を引いて歩いています
私は嬉しいのです
あの場所へゆきたいと願っていたのは私だけではなかった
あなたもあの場所を知っていた
それが嬉しいのです
私達はあの扉を見つけることが出来るでしょう

このガラス瓶の中から抜け出して
二人はあの扉の向こう側へゆくのです

そこでは乾いた風が吹いていて空気の澱むことはないのです

 

「ああ・・・」

私は喜びの声をあげる
私は知る
私の肉体のずうっと奥に
あの場所が眠っている

あなた、膝を抱えて小さく小さくなって
私の中へ入っておいで

私の体の奥へ、
奥へ、

死の闇を抜けて
温かな血の川を越えて

還っておいで

 

 

懐かしい風の匂いがしています

私はもう流れ出す血が恐ろしくはありません
私の肉体の奥深くにあなたが眠っている

 

 

私はあなたを受胎する

 

 

 

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