戸棚の中
背中がざりざりする。擦れて落ちた壁土が足下に積もっていて足の裏もざらざらする。日がな一日ぼんやりとこの部屋で過ごしている。障子越しの光の中の白や黒や灰色や、その中にある白や黒や灰色、その中にある白や黒や灰色、その無限の色調、そんなものを目で…
京極堂小説中禅寺秋彦,関口巽
赤い道
「あの子をそこへ沈めて、あなたは此処へ帰っていらっしゃい」 赤い道を辿れば呪詛の歌が聞こえてくる。其処にあるのは食い散らかされた私の残骸だ。あなたは私の歌を聴き、私を見つけてくれるだろう。沈められた遠い記憶…
京極堂小説久遠寺涼子,関口巽
狼日記
柵で囲われた牧草地のそばに彼は住んでいました。彼は群からはぐれて一匹だけで暮らしています。真っ黒な毛並みのせいか、酷く恐ろしい姿に見えましたが実際には彼は菜食主義者で、そのためにとても痩せていました。いつも気難しい顔をして柵の傍らに寝そべっ…
京極堂小説中禅寺秋彦,織作茜,関口巽
世界にふたりきり
世界はぼんやりと煙っていた。雪は白いのに、どうして景色は灰色になるのか。ちらちらと睫を掠めて頬にあたり、暖かい息に舞い上がっては溶けてゆく雪片に関口は目を眇めて視界の悪さに窮屈な気持ちで歩いた。次々と舞落ちてくる雪を吸い込まないようにと呼吸…
京極堂小説中禅寺秋彦,関口巽
奈落
暗いというよりは黒い。靴底から地面の冷たさが伝わってくる。その感触と革靴のたてる音から床は硬いコンクリートか石だということが分かる。小さな水の音が途切れ途切れして私はいつ冷たい水滴が首筋に落ちてくるかと首を竦めて歩いている。一切の光の失われ…
京極堂小説中禅寺秋彦,関口巽
ヘンゼル
父さんと母さんがこっそり相談しています。もう食べる物がないからあの子達を森へ捨ててしまおうって。私達はドアの陰でその声を聞いていました。お兄ちゃんは泣き出してしまいました。私はお兄ちゃんはどうしてそんなにたくさん涙が出るのかしらと不思議でし…
京極堂小説久遠寺涼子,関口×涼子,関口巽
マルキ
「お前は伊豆に行って静岡三島沼津を周り県庁市役所郵便局と歩いて、それから韮山で民家七件に立ち寄り駐在所に行って駐在と話をした」もう何度言ったかしれない道程を口にする。あんまり何度も口にしたので最早その道筋すら自分の辿った跡のように目に浮かべ…
京極堂小説緒崎,関口巽
ザリガニ釣り
礼二郎はガキ大将だ。マジックでギュッ、ギュッとひいたみたいな眉毛に大きな目。髪も、長い睫毛も明るい亜麻色で、外国の人形みたいに綺麗な顔をしている。でも声はでかい。喧嘩が強いから誰も礼二郎には逆らえない。何故だか少年達の間ではみそっかすで苛め…
京極堂小説榎木津礼二郎,関口巽
声なたてそ。われは汝が眷属なれば
一雨くるかと思っていたが結局空は崩れることなく蒸し暑い夜が来た。仕事をしようと机に向かったものの筆は一向に進まず、汗ばんだ腕に原稿用紙が張り付く不快感に辟易して私は早々に万年筆を放り出した。電灯の明かりも暑苦しいから消してしまった。暗がりで…
京極堂小説久遠寺涼子,関口×雪絵,関口巽,関口雪絵
僕に名前をつけないで欲しい
しいて云うなら、それは母国語に対する憎しみだ。いつも己の頭の中を占めている、言葉、言葉、言葉。それこそが決して逃れることの出来ない檻なのではないか?私を惑乱させるのは生まれ落ちたときから降るように浴びせかけられ続けてきた故国の言葉達だ。それ…
京極堂小説関口巽
けだものの恋
一目で惹かれあったに違いない。群をはぐれた獣が初めて同種族の獣に出会ったように。彼らは発情し肉体を交わした。それは恋とは呼ばないのかもしれない。情愛などなかったはずだ。ただ、二言三言、言葉を交わしただけで情の生まれるはずもない。純粋な生殖行…
京極堂小説中禅寺秋彦,久遠寺涼子,京極堂,関口×涼子,関口巽
このささやかな死
「うふふ」「遊びましょう」 少女の手がそっと私の手に触れた。ひんやりと冷たく、しかしひどく生々しい。はじかれるように私は顔を上げた。こめかみを幾筋もの汗が伝い落ちた。汗ばんだ自分の手に重ねられた、白い、柔らかな肉。少女…
京極堂小説久遠寺涼子,京極堂,関口×涼子,関口巽