#21 アリバイ大蒜

「おやっさん、こいつのニンニク多めに入れちゃって」
キバ君の声が聞こえた。
「ちょっと、ヒナタが分かってないと思って…」
「ニンニクで酒の匂い消すんだよ。日向の親父さんに酒飲んだなんてバレたら殺されるぞ」
「殺されはしないだろうが、吊されるくらいはするかもしれんな」
いのちゃんとシノ君の声もした。
「つ、吊るしたりするかしら?娘よ?」
「いのはこいつん家の蔵、見たことないだろ?絶対、あそこに吊るす。日向の親父さんも吊るされて育ちましたって顔してるだろ」
「たしかに…」
「ヒナタのためにもなんとか誤魔化すしかねえんだよ」
私の目の前にことりとどんぶりが置かれた。湯気の立つ豚骨ラーメンだ。美味しそう。
「胡椒も振っとくか」
キバ君が手を伸ばしてカウンターの上の銀色の缶を取ると、私の前に置かれたラーメンにぱっぱっと胡椒をふった。赤丸が膝の上で「くしゅん」とくしゃみをした。
あれ?どうして赤丸は私の膝の上にいるのかしら?いつもキバ君にぴったりくっついているのに。
私は赤丸のぽわぽわした頭の毛を撫でた。小さな頭を掌に擦りつけてくる。可愛い。
「牛乳を飲むと匂いが消えるんだよ」
一楽のおじさんが言った。
「牛乳かー。まだ店開いてるかなあ」
キバ君は腰を浮かせてきょろきょろ暖簾の外を見回した。「ちょっと待ってな」と言っておじさんは中へ引っ込んだ。戻てくると手には白い液体が入ったコップを持っていた。
「ほら、ヒナタ、飲め」
キバ君がおじさんからコップを貰うと私にぐいぐい差し出してきた。牛乳だ。私はコップを受け取って飲んだ。
「だめだよ、子供が酒なんか飲んじゃあ」
「俺達は飲んでねえの。こいつらが馬鹿でさあ」
「誰が馬鹿よー!」
キバ君といのちゃんの騒がしい声が店内に響く。
「伸びるぞ」
シノ君は静かに言って箸で麺を手繰った。
いつものお店でいつものようにみんなでラーメンを食べているのが嬉しくて私は笑った。
ああー…とキバ君が弱り切ったように手で顔を覆った。

 

「合コン…」
いのちゃんの口から出た言葉を私は繰り返した。
本部棟の掲示板の前で今週の研修授業の時間割を確認していたところだった。私達はこの間の中忍試験に合格してから新米中忍として任務をしながら研修授業も受けている。
「そ。中忍の先輩達に誘われたの。ヒナタも行かない?」
いのちゃんは強気そうな口元をきゅっとあげて笑った。
「合コンって、男の人と女の人が同じ人数集まって、集団でお見合いするんだよね?」
私がそう訊くと、いのちゃんは青い目を瞬いて少しぽかんとした。
「その通りなんだけど、なんか、あんたの認識間違ってるような気がするわ」
「そ、そう?」
いのちゃんは「中忍の先輩達への顔見せみたいなものだから出ておいた方がいいわよ」と言ったけれど、私は合コンという響きにたじろいだ。おつき合いする相手を見つけるのが目的で集まるのなら父上の許しを得ないで参加は出来ないと思うし、そんなことをするならば父上や親戚の人達がきちんとした場を設けるからと言い出しそうだ。
そして父上が連れてくる相手がナルト君であるはずはなくて、ナルト君以外の人を好きにはならないって分かっているのに他の人に会ったりするのは、ナルト君にもその相手の人にも自分自身にも不誠実だと思う。
「そんな重く考えなくてもいいわよ。単なる飲み会よ」
「でも…」
「あんた、同期以外に男の子の知り合いいないでしょ。もう私達も中忍なんだし色んな人と知り合って世界を広げておいた方がいいと思うわよ」
いのちゃんの言葉に私は少し心を動かされた。自分が引っ込み思案で友達が少ないのは分かっていたから、誘って貰えるならどんどん人の輪の中に入っていくべきかもしれないと思う。
「サクラちゃんは来るの?」
でも知らない人ばかりの中に入ってゆくのはやっぱり不安だったので、いのちゃんに訊いてみた。
「サクラは誘ってない」
少しムスッとしていのちゃんは答えた。
「え、どうして?」
また喧嘩したのかな。
「だから、どうして私とサクラをセットで考えるわけ?新しく人と出会うために合コンに行くのに、いつもの面子と一緒じゃつまんないでしょ!」
それはそうかもしれないけど、だったらどうして私を誘うんだろう。
「サクラはいいのよ。私達と違って綱手様が面倒見てくれるんだもの」
むくれた顔でいのちゃんが言ったので、私は黙った。そう言ったいのちゃんの気持ちがなんとなく分かる気がしたから。
「ヒナタもさ、もうちょっと男の子に免疫つけないと。いつまでもそんな内気じゃナルトが帰ってきても大した進展はないわよ」
「え…」
ちょうど痛い所を突かれた。
サクラちゃんはナルト君に「待ってる」って約束してるんだよね。一緒にサスケ君を取り戻そうって。そのために綱手様の許で修行してるんだよね…って、そんな事がもやもや頭の中を駆け巡っていた。
「私達に足りないのは経験と人脈よ」
いのちゃんは腰に手を当てて言い切った。
「そ、そうかな…?」
「忍術や体術のスキルだけじゃなくて、忍としてそういうのも蓄積していかなきゃいけないと思うの」
どう?と真っ正面から覗き込まれて私は思わず頷いてしまった。

いのちゃんと別れた後ですぐに行くと言ってしまったことを後悔した。知らない年上の人達の中に入っていくなんて出来そうにない。それで人脈を作るなんて自分にはとても無理だ。
家に帰る道を辿りながら、やっぱり引き返していのちゃんに断るべきかな、でも一度約束したことを反故にするなんてダメかな、とぐるぐる悩んだけど、答えは出せないまま家に着いてしまった。
明日、会ったら断ろう。
そう思って自分の部屋に向かった。部屋で着替えていると妹のハナビが部屋にやって来た。
時々、ハナビは私の部屋へ来るけれど別に用事があるわけではなくて、ちょっと退屈だなあとか寂しくなると私の所へくるみたい。座っている私の後ろへ来て、私の背中に自分の背中を凭せかけて座り込んだ。気の強い子だけど、まだ甘えたい年頃なのだ。
「どうしたの?」
尋ねるとハナビはふう、と溜息をついて「つまんない」とぼやいた。
「最近、父上ったらネジ兄さんの相手ばかりしているんだもの」
そのままハナビはごろりと横になって、私の顔を見上げた。
今日も父上はネジ兄さんと修行をしている。後で挨拶に行かなくては。裏庭からざっざっと摺り足で回転する音が聞こえている。ネジ兄さんも父上もあんまり素早く動くので、その脚裁きが見て取れないほどだ。庭師のおじいさんが庭の、父上とネジ兄さんがいつも組み手をしている場所を見て、ここだけはいつも掃き清める必要がないねえ、と笑っていた。
「ハナビだってアカデミーの授業があるし、お友達と会ったり忙しいでしょう?」
私は妹を宥めるように声を掛けた。
妹は今年、アカデミーに入学した。今までは日向の家の者の中だけで生活していたのが急に外へ出掛けていく事が多くなった。妹は性格がきついので大丈夫かしらと思っていたけど、私なんかよりずっとクラスにとけ込んでいるみたいだ。実力と自信のある子って好かれるんだなと思う。
「そうだけど、父上が修行見てくれないとつまんないよ」
妹は小さい頃から父上との修行がすべてみたいなところがあったから、父上をネジ兄さんに取られたみたいな気持ちがするのかもしれない。私はハナビの額に掛かった黒い髪を指先で梳いてやった。妹のおでこは父上にそっくりだ。いつもは隠れているけれどネジ兄さんも同じおでこをしている。同じ遺伝子を持っているのねと思えて少し可笑しい。
ネジ兄さんが父上に修行を見て貰うようになってから、一度だけ、父上がネジ兄さんを「ヒザシ」と呼び間違うのを聞いたことがある。ネジ兄さんは目を見開いて父上の顔を見上げていた。私も驚いた顔をしていたと思う。父上は自分の呼び間違えに気がついて、ひどく狼狽えていた。そんな父上を見たことがなかった。
ネジ兄さんは叔父上の若い頃に似ているのかもしれない。父上は一度断ち切られた叔父上との絆を、ネジ兄さんを通して結び直したいのじゃないかしらと私は思う。
それにネジ兄さんは教え甲斐があるのだろう。最近、父上はネジ兄さんに夢中だ。
ネジ兄さんが父上に教えを請いに来たのは、里を抜けたサスケ君を連れ戻すための任務から帰ってきた後だった。
ネジ兄さんは戦闘で胸に大きな穴が空いて死にかけたそうだ。シズネ様がいなかったら死んでいたんじゃないかと言われている。だから余計に父上はネジ兄さんを強くしたくて修行に力を入れてしまうのだろうというのも見て取れた。
あの強いネジ兄さんが死ぬほどの怪我をするなんて信じられなくて私もぞうっとした。任務に危険はつきものだと小さい頃から周囲の大人達を見ていて知っていたはずなのに、そして中忍試験で私自身も大怪我をしたけれど、どこかで自分達が死ぬはずなんてないとそれまでは思っていたんだと思う。
ネジ兄さんが死ぬかもしれないと思った時に初めて本当に死というものが身近になった気がする。
サスケ君の事があってから私の中でも他の子達の中でも色んな事が変わった。
「ネジ兄さんには父上がいないのだから、私達の父上がネジ兄さんの修行を見てあげなくては不公平でしょう?ハナビは今までたくさん父上と一緒にいたのだから、これからは他の子達とたくさん仲良しになって、たくさんのことを勉強するの」
ね、と妹の顔を覗き込むと渋々、ハナビは頷いた。
「アカデミーは楽しい?」
私が問うと、ハナビは「うん」と頷いた。
「生意気な子、いるけど」
生意気そうな顔でハナビが言うので私は笑ってしまった。

 

ナルト君は今頃、どうしているかなあ。
ハナビが部屋を出て行った後、私は一人でぼんやり座って考えた。
自来也様と一緒に修行の旅に出てしまったナルト君。あの元気な声をもうずっと聞いていない。
どうしてちゃんとお見送りに行かなかったんだろう。
私はナルト君が里を出る時、恥ずかしくてきちんと顔を合わせることが出来なかった。物陰から大門を潜っていくナルト君の後ろ姿を見ただけだ。
もっと勇気を出せばよかった。ちゃんと「いってらっしゃい」って言えばよかった。そうしたら一言でも声を掛けて貰えたかもしれないのに。
本棚の上に置いた写真立てを手に取った。アカデミーの時に撮った集合写真だ。印画紙の上の子供達はかろうじて顔が判別できるくらいの小ささだけれど、ナルト君の写真はこれしか持っていない。まだ幼い顔つきのナルト君がいる。ぎゅっと唇を噛み締めてこちらを真っ直ぐに見ている。画面のはじっこに写っている私もまだ小さい子供だ。
今の私は髪も伸びて、顔も大人っぽくなったと思う。
ナルト君もきっと変わってる。あと何年、ナルト君には会えないか分からないのに、どうして勇気を出さなかったんだろう。
考えているうちにだんだん落ち込んできてしまった。
いつも、もう一歩が踏み出せないで後悔する。ナルト君の前に立つのが恐い。自分なんか見て欲しくない。恥ずかしい。なんだ、こんな奴って言われたら立ち直れない。
でも、見て欲しい。
声を掛けて欲しい。
『けどおまえみたいな奴って……けっこー好きだってばよ』
一度だけナルト君に言われた『好き』という言葉を思い出して、私は一人で赤くなった。ナルト君にとっては全然、深い意味なんてないのは分かっているけれど、お守りみたいに何度も何度も思い出して頭の中で再生している言葉だ。ナルト君が好きなのはサクラちゃんだって知っているけど。
---サクラちゃんもそうなのかなあ。
今日のいのちゃんの様子を思い出して、私はサクラちゃんのことを考えた。
サクラちゃんもサスケ君に貰った一言一言を大事に胸の中にとっているのだろうか。それを今でも信じているのだろうか。
サスケ君が里を抜けてからサクラちゃんは綱手様に弟子入りして医療忍術を学んでいる。ナルト君が強くなって帰ってきた時に、足手まといにならないように自分も強くなるためなのだそうだ。そして二人で一緒にサスケ君を連れ戻そうと約束をしたって、いのちゃんが言っていた。いのちゃんはシカマル君にそれを聞いたらしい。
自分の好きな人が里を裏切って、仲間を傷つけて去ってしまったらどんな気持ちになるだろう。
時々、本部棟で見かけるサクラちゃんはいつも思い詰めた顔をして脇目もふらずに歩いているので声も掛けられない。いのちゃんはそんなサクラちゃんを心配したり、「勝手にすればいいのよ」と怒ったり、複雑みたいだ。
サクラちゃんは、それでもサスケ君を信じている、って言っていた。
ナルト君もそうなんだろう。
今頃どこか遠い所で、思い詰めた顔をして脇目もふらずに修行しているのだろうか。
私にもいのちゃんの複雑さは分かる気がする。
七班の三人には三人にしか分からない、私達が入っていけない世界があるんだって、ずっと見せつけられてるみたいな気がするのだ。サクラちゃんにとって一番大事なのはサスケ君とナルト君で、ナルト君にとって一番大切なのはサスケ君とサクラちゃんだって。私にもスリーマンセルの仲間がいて、誰よりも大切に思ってはいるけれど、それとナルト君に憧れる気持ちはちがうものだ。いのちゃんもそうだと思う。
いのちゃんはサスケ君が好きだった。その気持ちにどう折り合いをつけたのか、私には分からない。
私がサスケ君が里を出て行ったのを知ったのは、ナルト君がキバ君やネジ兄さんと一緒に追いかけて行った後だった。
音の里の襲撃で木の葉の里はまだぼろぼろで、やっと五代目火影様が決まったばかりだった。シノ君は任務に出ていた。私やいのちゃんやサクラちゃんは男の子達がいなくなった里でDランク任務を任されていた。
みんなが無事に帰ってくるか不安で、とても恐かった。一緒に行けたらよかったのにと、みんな思っていた。
もっと私が強かったら連れて行ってもらえたんだろうか。
それとも男の子だったら一緒に行けたんだろうか。
サクラちゃんは真っ赤に泣きはらした目でじっと何かを考えているみたいだった。いのちゃんは「心配ないって。みんなけろっとして帰ってくるわよ」って慰めてた。ああいう時、いのちゃんはえらいなって思う。でもいのちゃんも無理しているのは私もサクラちゃんも分かってた。シカマル君もチョウジ君もサスケ君を追って音の里との国境に向かっていた。
私達があんまり沈んでいたのでテンテンさんに「しっかりしなさい!」って叱られた。
「私達は私達の出来ることをきちんとやるの!あの子達が里に帰ってきた時、里がめちゃくちゃな状態のままだったら困るでしょ!」
それにね、とテンテンさんは続けた。
「この里に生きているのは私達だけじゃないの。子供達も、忍じゃない一般の人達もいるのよ。忍になったって事はその人達を守る側になったってことでしょ」
忘れるんじゃないわよ!とテンテンさんは語気荒く言った。
私は時折、その言葉の意味を噛みしめる。

次の日、私は本部棟の会議室にいた。午後から動物行動学の講義があるのだ。丁度、お昼の時間なので会議室にはお弁当を広げている人がぱらぱらといる。
研修授業は新人だけじゃなくて、異動で新しい知識が必要になった人達も受けられるようになっている。先輩にあたる中忍達も机を並べて同じ講義を聴くわけだ。
一つの講義の受講者はそんなに多くはないけれど色んな人がいる。でもやっぱり私には新しい知り合いも友達も出来なくて、いつも一人で隅っこのほうに座っている。今日はキバ君とシノ君も同じ講義を受けるのですこしほっとしている。
「おーす」
キバ君がパーカーのポケットに手を突っ込んだまま教室に現れた。赤丸は少し大きくなったのでもうキバ君の頭の上には乗れない。それでも胸の中に入りたがって困るとキバ君は言っていた。パーカーが伸びちゃうんだって。今も赤丸は無理矢理キバ君のパーカーの胸元に収まって顔だけ出している。
動物行動学の講義を三人で取ろうと言い出したのはキバ君だった。うちの班は実質、赤丸を合わせてのフォーマンセルみたいなものだからキバ君以外のメンバーも忍犬の事を知っておいてほしいという事で講義を受けることにした。
「あーあ、中忍になってからもこんなアカデミー生みたいなことやるなんて思わなかったぜ」
くあ、と大きな口を開けてキバ君は欠伸した。
「ヒナタ、昼飯は?」
「お弁当持ってきた…」
「俺、購買でパン買ってくるわ。お茶とかいるか?」
「あ、じゃあ、あったかいの…」
私が小銭を出そうとすると、キバ君は後でいい、と言って教室を出て行った。
…スリーマンセルがなかったらキバ君もシノ君も私なんかと仲良くならなかったよね。
時々、思う。
そういう枠組みのおかげで仲間として扱って貰えることをただ幸運としか思えない。
いのちゃんに言われたとおり、私には同期以外に男の子も女の子も仲のいい人っていないなあ、って思う。いのちゃんは合コンに誘ってくれる先輩とかいるのに。そう思うと自分も勇気を出して人の輪に入ってゆかなきゃって気持ちになる。
自分で作った壁の中で出来ない事を出来ないと嘆いているばかりではだめなんだ。出来ることから一つずつ積み上げていかなきゃ。そうしているうちに壁なんてない場所に出られるかもしれない。
一人きりで転んでも転んでも起きあがる、ナルト君の背中がそう教えてくれたんだ。
「合コンかあ…」
やっぱり行ってみようかな。
「合コン?」
後ろから静かに尋ねられて、ひゃあ、と私は飛び上がった。
「べ、別に…お見合いとかじゃないのよ…!女の子の友達が欲しいなあって…あの…私…」
「普通、合コンで同性の友達は出来ないと思うが」
あわあわと言い訳しながら振り返った私の首の動きとは反対に、シノ君がゆっくり私の前に回り込んで一列前の席に座った。
「キバは?」
「購買に…」
シノ君は小脇に抱えた包みから途中で買ってきたらしいおにぎりとおかずを取り出して机に並べた。私もお弁当を出して向き合ってキバ君が帰ってくるのを待った。
「誘われたのか?」
「う、うん…いのちゃんが一緒に行こうって」
シノ君と話していると「おー、シノ」とキバ君が帰ってきた。お茶を渡してくれる。
「そんな菓子パンなんかで保つのか?」
隣に腰を下ろしたキバ君の手の中のパンを見て、シノ君が眉を顰めた。
「俺、家で昼食ってきたんだよ」
これはおやつ、と言ってキバ君はジャムパンの袋をバリバリ破いて食いついた。
「なんか、食っても食っても腹減るんだよ」
「チョウジ並だな」
シノ君はそう言って笑ったけど、シノ君も随分たくさんおにぎりを買い込んできている。最近、二人ともすごく食べるようになった。でも全然太らないので、食べた物がどこへ消えてしまうのか不思議だ。
私も自分のお弁当を広げて食べ始めた。
「何の話してたんだ?」
「え…」
「ヒナタが合コンへ行くそうだ」
訊いてきたキバ君にシノ君があっさり話してしまったので私は慌てた。
「はあ?合コン?」
キバ君が呆れた声を上げた。
「あ…ち、違うんだよ…その…別に男の子と…ただ…」
「いのに誘われたんだそうだ」
しどろもどろの私の代わりにシノ君が答えた。
「行くのか?」
キバ君に問われて私はおずおずと頷いた。
「あ…あのね…私ね…」
行くとはっきり決めていたわけではなかったのに、確認されたら頷いていた。行くべきだという意識はあって、気弱さが自分を躊躇わせていただけだったから。私は自分の気持ちを表現する言葉を懸命に探した。
「わ…私達に足りないのは経験と人脈だと思うの…!」
思わず拳を握りしめて言った。
「へえ!」
キバ君は鼻で笑った。
「いのがそう言ったのか?」
「う、うん…」
見透かされて私は俯いた。全然、巧く言葉に出来ない。
「まあ、そう頭から馬鹿にするのもヒナタがかわいそうだろう」
シノ君が庇ってくれた。私が馬鹿なことを言い出して、キバ君に叱られて、シノ君が窘める。いつもこのパターンのような気がする。私が言う事ってそんなにくだらないのかなあ。
「引っ込み思案のヒナタがわざわざそんな場へ出たいというのだから、それなりの決心があるのだろう」
シノ君の言葉に私はコクコクと頷いた。
「ナルトはもういいのかよ?」
キバ君がナルト君の名前を出したので私は真っ赤になった。恥ずかしいことに、私がナルト君を好きだって事は二人にはバレてしまっている。本当に恥ずかしい。
「女の子の友達が欲しいんだそうだ」
「中忍になったから…世界を広げるべきだと思って…」
「それもいのが言ったんだろ」
ズバズバと言い当てられて私は返答に詰まった。
「キバが反対するような事じゃないだろう。俺はヒナタが行きたいというのなら行けばいいと思うが?」
「別に反対なんてしねえけどよ。いのの口車に乗せられてるだけなんじゃねーの?」
「ち…違うよ…!」
全部いのちゃんが言ったことだけど、でも私も本当にそう思ったんだ。
「これからはキバ君やシノ君以外の人と任務に行くこともあると思うの。だから…」
キバ君やシノ君はずっと一緒に行動してきた仲間で、呆れられたりキツイ事を言われたりもするけど、他の誰よりも私の事を分かってくれていると思う。私はずっとそれに甘えてきた自覚がある。人見知りが激しくて口下手な私はつき合うには面倒くさい相手だと思う。自分でも二人はよく我慢してつき合ってくれてるなと思うもの。
でもいつまでも手間の掛かる子でいたくない。
これから先、一緒に行動する人達に迷惑や負担を掛けるような人間でいてはいけないと思うのだ。
いのちゃんやサクラちゃんみたいに、自分からはっきり意志を伝えられるようになりたい。
「だから…」
たどたどしく訴えた私に「ふむ」とシノ君が頷いた。
「いまいち、それがどう合コンに繋がるのか分からないがそこまで思い詰めているのなら行ったらいいんじゃないのか。心配ならキバが迎えに行けばいい」
シノ君に言われて「なにぃ!?」とキバ君が叫んだ。
「なんで俺がそんなとこにノコノコ出掛けて行かなきゃなんねーんだよ!」
「おまえはどこの誰とも知れない奴にヒナタが持ち帰られてもいいというのか?」
「なっ…!そんなの…おまえが迎えに行けよ!」
「俺はヒナタの自主性を重んじる」
「おまえはヒナタが持ち帰られてもいいのかよ!?」
「だからおまえが迎えに行けばいいだろう」
思わぬ言い争いを始めた二人に私は驚いた。どうして、そんな話になるの!?
「わ、私…一人で帰れるよ…!」
違うよ、違うよ!私、誰にも面倒かけないようになりたいって言ってるのに!
講師の特別上忍が会議室に入ってきても、暫く二人は「おまえが行け」「おまえが行けばいい」と小声で言い合っていた。

 

待ち合わせ場所に現れたいのちゃんは白いレースのキャミソールドレスに青いドレスを重ね着していてすごくおしゃれだった。いのちゃんはスレンダーで脚がきれいだからミニスカートがよく似合う。
私はシンプルな白いワンピースにボレロを着てきたけれど、野暮ったく見えないかなあと心配だ。
いのちゃんはきれいだから隣に並ぶのは気後れする。同じくらい可愛くておしゃれなサクラちゃんならお似合いなのに。でもいのちゃんは「ヒナタ、白似合うね!すっごく可愛い!」と言ってくれた。
「子供っぽくないかな?」
「似合ってるよ!その初々しさが男心にグッとくるのよ!」
いのちゃんは拳を握りしめて言った。
木の葉茶通りで先輩達と合流した。受付や講義で見かける人もいたけど、口をきくのは初めてだ。みんな私達より二、三歳上の人だと思う。
連れて行かれたお店は、ついこの間できたばかりだという飲み屋さんだった。飲み屋さんっていうか、バーっていうのか、クラブっていうのか、私にはよく分からないけどとにかく大人の人が入るようなお店だった。青い照明に凝ったインテリアが置いてあって、奥には玉突き台やスマートボールの台がある。
私は緊張してぽーっとなっていた。
先輩達はみんな優しくしてくれて、一緒にスマートボールをやったりした。そのうち、いのちゃんは男の先輩と一緒にどこかへ行ってしまった。
「あいつ、山中さんが来るって張り切ってたからなあ」って他の先輩が言っていた。
私は一人残されてどうしようって思ったけど、先輩達は親切で私に色々話しかけてくれて、一緒に遊びながらスマートボールのコツを教えてくれたりした。そのうち一人が喉が渇いたと言い出したので、奥のソファに移動して飲み物を頼んだ。
いのちゃんはどこへ行ったんだろうと店内を見回すと、向こうのスタンドで男の先輩と一緒に話していた。
やっぱりいのちゃんて人気あるなあって思った。男の子にも女の子にも好かれててすごい。
でもいのちゃんはサクラちゃんが一番好きなんだろうなと思う。シカマル君とチョウジ君は別にして。
それなのにサクラちゃんはサスケ君の事しか考えていないから、いのちゃんは悔しいんだろう。
またもやもやした事が頭の中を巡りだした。
サクラちゃんの事を考えるともやもやする。
ナルト君もサクラちゃんのことが好きなのに。
悔しい。
この間の中忍試験の時、サクラちゃんはすごく強くなっていた。
私も頑張って強くなったつもりでいたけれど、サクラちゃんには敵わないかもしれない。サクラちゃんは綱手様に弟子入りして医療忍術を身につけて、チャクラコントロールも更に正確になっていた。
私がサクラちゃんに勝つ事が出来る事ってあるのかな。
サクラちゃんみたいにナルト君に好きになってもらう事ができるのかな。
絶望的な気持ちになる。
今のまま地味な努力をしていても無理な気がしてくる。私も綱手様に弟子入りするとか、何か、特別な事をしないと私なんかじゃサクラちゃんには勝てないんじゃないかな。
そう思って焦る。
でも何をしたらいいのか分からなくて、とりあえず目の前にある課題をこなしていくだけで精一杯で、いつになったら壁のない場所になんか出られるんだろう。
ナルト君。
その人の名前は自分を勇気づける呪文だ。
でもその人の事を考えると辛くなる。悔しくなる。
ここにいる先輩達もそんな事を思ったりするんだろうか。どうやってそこから抜け出していくんだろう。みんなきちんと大人の顔になって、ナルト君もきっと大人になって帰ってくるのに。
「ねえ、それアルコールはいってるんじゃないの?」
向かいに座っていた女の先輩が首を傾げて私を覗き込んだ。
「なんだかこの子、さっきからどんどん赤くなってきてるんだけど」
ざわざわと周囲の音が遠のく。

 

気がついたら私は一楽のカウンターに座って豚骨ラーメンを食べていた。
隣でキバ君といのちゃんが言い合いをしていて、シノ君が水を飲んでいた。
膝の上で赤丸がスピスピと鼻を鳴らしている。
私はずるずる麺を啜りながら、首を傾げた。

食べ終わるとお勘定をして、みんなで一楽を出た。
「おじさん、お酒の事、内緒にしといてね」と、いのちゃんが一楽のおじさんに頼んでいた。
私、合コンで青いお店にいたのにどうして一楽にいるのかしらと不思議でたまらなかった。どうしてキバ君とシノ君がいるのかな。
シノ君がいのちゃんを送っていくというのでまた揉めた。
「おまえ、逃げる気か!?」
「いのも遅くなると家の人が心配するだろう。だが一人で帰らせるわけにもいかない。ここは別々に行動した方が得策だ」
「じゃあ、俺がいのを送ってくからシノがヒナタを送って行けよ!」
「やーよ。私、シノと帰る」
いのちゃんはシノ君の腕を取って、べーと舌を出した。
「俺にだけ日向のおじさんに怒られろって言うのか!?」
食ってかかるキバ君から隠れるようにいのちゃんはシノ君の後ろへ回った。なんだかいのちゃんはシノ君に甘えているみたいだった。シノ君はそれを許している感じだった。なんにも言わないけど。
シノ君はそういう人だ。
キバ君はブツブツ言っていたけど、いのちゃんとシノ君はさっさと二人で行ってしまった。
「んだよ、だからやだったんだよ。ちくしょー、シノもいのもよー」
一楽の前で二人で立っていたけど、決心をつけたようにキバ君が振り返った。
「帰るぞ」
キバ君は不機嫌そうだった。私はまた何か迷惑を掛けてしまったらしいとだんだん分かってきた。俯くと腕の中で赤丸が慰めるように鼻をくっつけてきた。
辺りはもう夜で、繁華街の灯りがぴかぴか道を照らしている。夜間の任務に出る事はあっても、こんな時間まで遊び歩いた事はない。すごくいけない事をして、それにキバ君を巻き込んでいるんだと思った。
「帰ろうぜ」
キバ君はもう一度言って私の肘を引っ張った。ボレロの袖を少しだけ摘んで。私は赤丸を抱きしめて歩き出した。
とぼとぼキバ君の後をついてゆく。赤丸を抱かせてくれているからそんなに怒ってはいないと思うけど、キバ君が黙っているので不安だった。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くような声で言った。
キバ君は立ち止まって振り返ると屈み込んで私の顔を覗き込んだ。
「口開けて。はー、ってしてみ」
私は少し身を引いてしまったけど、言われたとおりに「はー」と息を吐き出した。
「まだ酒の匂いすんな。顔も赤いし」
私の息の匂いを嗅いでキバ君が確認する。顔に血が上った。なんだかもう恥ずかしすぎる。
「よしよし」と言って、キバ君が私の頭を犬にするように撫でた。言葉が通じない相手だと思われてるみたいだ。
「キバ君…」
「おー、ふにゃふにゃ」
キバ君が私のほっぺたを摘んで引っ張った。…下ぶくれなの密かに気にしているのに。
「らしくねえ事してんなあ」
気の抜けた声でキバ君が言った。
「そういうのは向いてねえんじゃねえの?」
「…でも…」
向いてない事でも頑張らないと、出来るようにならないと、私も誰かの役に立ちたいし、好きになってもらいたい。
酒が抜けるまで少し歩くか、と言ってキバ君は夜の町を歩き出した。
「先輩達はみんな優しくしてくれたの。みんな、ちゃんと気を遣い合って上手に話すの…私だけ…緊張してなんにも言えないの…私も誰かに優しくしたり、上手に話したり出来るようになりたいの」
みんなみたいになりたいの。
いつも私だけ出来ない子で、いらない子だって思われたくない。
「サクラちゃんもネジ兄さんもみんな努力して強くなってる。キバ君だって…」
サスケ君を連れ戻すための任務に出て、キバ君も大怪我をして帰ってきた。ものすごく強い敵と戦って帰ってきた。
キバ君はその後、急に大人っぽくなった。
「俺なんてボコボコにされて砂の奴らに助けられて帰ってきただけだぜ?」
私はぶるぶると首を振った。
「キ、キバ君は強くなったよ…」
背中が大きくなった。
私はまだキバ君やネジ兄さんのように過酷な任務を知らない。
サクラちゃんのように辛い思いを知らない。
経験が足りない。力が足りない。
人づきあいもうまくできないし、要領も悪い。全部、足りない。
「そうだなあ」
キバ君はがりがりと首の後ろを掻いた。
「俺も正直、今でも音の里の連中には歯がたたねえんじゃないかって思ってるよ」
あんな呪印なんてものを施されて悪魔みたいな力を手に入れて、そんな奴らに勝てるなんて思えねー。とキバ君は言った。
「サスケも今はそうなってる」
ゆっくりと歩き出しながらキバ君は話を続けた。
「あいつらに負けたのは今でも面白くねえ。任務失敗だって書類に残されてんのも忌々しいぜ。この先ももっと強くなれるかなんてわからねえし、大蛇丸に魅入られたってサスケの才能が妬ましくもなるぜ」
「うん…」
ナルト君とサクラちゃんを切り捨てても行かなければならなかったサスケ君の気持ちがどんなものだったのか、分からないと言ってしまえれば簡単だと思うけど、私も、他の子達も、誰もがぼんやりと分かっている気がする。
見てみぬ振りしてきた足元の暗い穴を、サスケ君は皆に見せてしまった。いつでも、誰がその穴に足を取られてもおかしくない、そんな場所を私達は歩いている。
「でも俺は、あの時あの面子で任務に行った事が勲章みたいに思えるんだ。任務は失敗だったけど。チームワークっていいなって初めて分かった」
他の奴らが俺より強いとチクショーってなるけどな、キバ君が笑う。
「おまえ、全然周りも自分も見えてないだろ」
「…そうなのかな」
自分では見えてるつもりなんだけど。だから頑張らないとって。
「中忍にまでなって、まだ何にも出来ないつもりなのか?」
「………」
「なんでも完璧に出来るようになって、誰よりも強くなれないと満足しねーの?みんながヒナタ様は素晴らしい!ヒナタ様は最高だ!って言わなきゃなんねーの?」
「ち…ちがうよ!そんな事思ってないよ!!」
そんな風になりたいわけじゃない。ただ足手まといになりたくない。誰の手も借りないでちゃんとなんでも出来るように、迷惑掛けないように…。
「一人で強くなったって意味ないんじゃねーの。つまんないぜ、そんなの」
キバ君は肩を竦めた。
「俺さあ、サスケを追いかけてく間中、ずっと考えてた。サスケが行く道もありかもしれねえ。シカマルが、俺達は木の葉流でいく、って言ったから従ったけどな。任務なら腹を決めなきゃならねえ。でもサスケを説得する言葉なんて俺達にあるのかって」
「うん…」
「でも、里に帰ってきてみんな生きてたって分かったとき、本当にほっとした。ひとり、ひとり、バラバラになってどこでどうしてるかも分からねー状態で戦ってたけど、あいつらが生き延びてくれたら文句はねえって思ってた。他の奴らもそう思ってるって分かってた。別にどいつもこいつも好きな訳じゃねえけどな。いけ好かねえ奴だって思う時もあるけどよ」
シカマルもそう言ってたけどな、とキバ君は笑った。
「やっぱ俺は木の葉流がいいぜ」
私はキバ君の言葉を聞きながら、ナルト君の事を思い出していた。同じ事を言われているのかなって思った。
---完璧じゃないからってダメなんじゃないって。
言いたい事は言ったとばかりにキバ君は両手を挙げてぐーっと伸びをした。やっぱりキバ君は大きくなってるなって思った。背中も腕も手も。
「まあ、おまえは俺の言う事なんて聞くタマじゃねーもんな。頑固一徹親父みてえ」
「ええ…!?」
オヤジなんて初めて言われたのでびっくりした。私はいつも弱気で人に流されてばかりで、全然自分のことが出来ていないとは思うけど、そんな風に言われるのは初めてだ。
「日向の人間てみんなそんな感じだけどな。父親も頑固、従兄も頑固、おまえも頑固」
そう言われて、私は意外な気持ちだ。私だけ似ていないような気がずっとしていたから。
キバ君を見上げて立ち尽くしていると、キバ君が私の後ろの方へ目を向けて怪訝そうな顔をした。
「あれ、先生達…?」
私も振り返った。道路の向こうに何か揉めている人達がいて、言い争う声が聞こえてきた。キバ君は耳もいいから私より先に気がついたんだろう。
木造の地味な—旅館?みたいな建物の門の前で、一人が中へ入ろうとするのにもう一人が抗っている風だ。酔いを醒まそうとぶらついているうちに、気がつくと私達はそんな建物が建ち並ぶ一角に入り込んでしまっていた。
「騙したんですね!」
抗っている方の必死な声が私の耳にも聞こえた。
「騙してないですよ。さっきまでは本当に気分悪かったんですって」
一方はのんびりした口調で、でも腕の力は強いらしくじりじりともう一人を門の中へと引き込んでいく。なんだか、二人とも声に聞き覚えがあるような…
「じゃあ、もう治ったんでしょう!?休んでいく必要なんてないじゃないですか!?」
「野暮だなあ、先生」
「先生」という言い方に覚えがあった。カカシ先生だ。じゃあもう一人はイルカ先生だろう。あれ、そういえばお店にいた時にイルカ先生の怒鳴り声を聞いたような聞かないような…
「いい加減、腹を括りなさいよ。子供じゃないんだから」
「こ、子供ってどういう意味ですか!?そういう問題じゃないでしょう?」
「さんざ思わせぶりな事しといて、そんなつもりじゃなかったなんて通用しないですよ、大人の世界では」
「でも…まだ…早いですよ…」
イルカ先生の声がだんだん小さくなっていく。
勘弁してくれよ…とキバ君が呟いたのが聞こえた。キバ君を見ると弱り切ったように顔を手で覆っている。今日はこの姿を何度も見ているような気がする。
「イルカ先生、いつもそれじゃないですか。早い、早いって、じゃあ一体いつになったら早くなくなるんですか?」
「う…」
「どうせいつかするんなら、今でもいいわけでしょう?」
でも…とイルカ先生は俯いて、小さな声で言い返した。
「壊れてしまうかもしれないんですよ?」
イルカ先生の言葉に私はどきっとして、体が強張るのを感じた。
「いつかはなんでも粉々です」
カカシ先生が恐い事を言った。
「でも諦めきれないからこうしてるんでしょう?粉々になっても残るものはあると思っています」
キバ君が私の袖を引っ張って促したので、私達は先生達に見つからないようにそっとその場を後にした。
ああ、もう、なんか俺…全然、ついてねえ…こんなとこ見られたらどうすんだよ…とブツブツ悪態をつきながら、キバ君は足早に私の袖を引っ張って暗い一角を通り過ぎた。
「キバ君…」
「なんだ?」
「…キバ君は、さっきのイルカ先生とカカシ先生が言ってた事、どっちが…」
「どっちがどっちかなんて知らねーぞ!!」
「え?」
「いや、なんでもねー…」
「キバ君…」
「………」
「先生達でも、あんな風に迷ったりするんだね…」
「………」
「………ナルト君もサクラちゃんも、粉々になった中からサスケ君を捜したいんだよね…」
夜の町は赤や黄色の灯りが遠く、ずっと遠くまで連なっていて底が見えない海の中のようだった。

二人で黙々と歩いているうちに私の家の前まで来た。門を潜る前にキバ君はもう一回、私の顔を覗き込んで「はーってしてみ」と言ったので、私は口を開けて息を確認してもらった。
「よし、大丈夫だ」
ほっとしたキバ君の顔に、本当に今日は色々心配を掛けてしまったんだと反省した。
お茶くらい飲んでいってもらいたいけど、遅くなったから父上が怒っているかもしれない。キバ君まで叱られたら悪いと思って躊躇っていたら、キバ君はさっさと自分から家の門を潜って中に入ってしまった。
「こんばんはー、遅くなってすいません!ヒナタを送ってきました!」
大きな声で中へと声を掛ける。
「キ、キバ君、いいよ!」
「いや、おまえが吊されないか確認してから帰る」
「つ、吊されないよ…!父上はそんな事しないよ!!」
玄関でこそこそ話している私達の前に現れたのはネジ兄さんだった。
「ヒナタ様、こんな遅くまでどこ…うっ…」
ネジ兄さんは言いかけた途中で鼻を押さえて絶句した。
「遅いよー」
と、奥から出てきたハナビも顔を顰めて鼻を摘んだ。
「姉上、臭い!!」
一声叫んでハナビは奥へ逃げていった。実の妹のあまりの言いように衝撃を受けた。と、思ったらハナビが父上を引っ張ってきた。
「…………」
父上は言葉もなく私とキバ君を眺めていた。
「ニンニクラーメン食ってたら、遅くなりました!」
にかっと笑ってキバ君が言った。
私はお酒は抜けたはずなのに、かーっと顔に血が集まって倒れてしまいそうになった。

その後3日くらいはずっとニンニクの匂いが抜けなかった。
同じ講義を受けた中忍の人達にはニンニク臭い子として印象に残ったんじゃないかと思う。

 

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