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僕に名前をつけないで欲しい

しいて云うなら、それは母国語に対する憎しみだ。いつも己の頭の中を占めている、言葉、言葉、言葉。それこそが決して逃れることの出来ない檻なのではないか?私を惑乱させるのは生まれ落ちたときから降るように浴びせかけられ続けてきた故国の言葉達だ。それ…

けだものの恋

一目で惹かれあったに違いない。群をはぐれた獣が初めて同種族の獣に出会ったように。彼らは発情し肉体を交わした。それは恋とは呼ばないのかもしれない。情愛などなかったはずだ。ただ、二言三言、言葉を交わしただけで情の生まれるはずもない。純粋な生殖行…

このささやかな死

「うふふ」「遊びましょう」  少女の手がそっと私の手に触れた。ひんやりと冷たく、しかしひどく生々しい。はじかれるように私は顔を上げた。こめかみを幾筋もの汗が伝い落ちた。汗ばんだ自分の手に重ねられた、白い、柔らかな肉。少女…

黄泉路

夕刻のバスの中で私は窓の外を眺めている。他に乗客は誰もいない。昼と夜の狭間の薄黄色い光が外の世界を照らしている。それとは対照的に車内は暗く運転手も人型の影に過ぎない。もう少ししたら通路の天井に蛍光灯が灯り寂しい光で車内を満たすのだろう。単調…

Missing Bird

「なんだ、また留守なのか?」オスカーは器用に片方の眉だけ眇めてみせた。「最近週末はいらっしゃらない事が多いんです」ティムカが申し訳なさそうに言う。「金曜の晩から出掛けてしまうらしくって……」どこに行っているんだ?と訊ねたがティムカは首を横に…