僕に名前をつけないで欲しい
しいて云うなら、それは母国語に対する憎しみだ。いつも己の頭の中を占めている、言葉、言葉、言葉。それこそが決して逃れることの出来ない檻なのではないか?私を惑乱させるのは生まれ落ちたときから降るように浴びせかけられ続けてきた故国の言葉達だ。それ…
京極堂小説関口巽
けだものの恋
一目で惹かれあったに違いない。群をはぐれた獣が初めて同種族の獣に出会ったように。彼らは発情し肉体を交わした。それは恋とは呼ばないのかもしれない。情愛などなかったはずだ。ただ、二言三言、言葉を交わしただけで情の生まれるはずもない。純粋な生殖行…
京極堂小説中禅寺秋彦,久遠寺涼子,京極堂,関口×涼子,関口巽
このささやかな死
「うふふ」「遊びましょう」 少女の手がそっと私の手に触れた。ひんやりと冷たく、しかしひどく生々しい。はじかれるように私は顔を上げた。こめかみを幾筋もの汗が伝い落ちた。汗ばんだ自分の手に重ねられた、白い、柔らかな肉。少女…
京極堂小説久遠寺涼子,京極堂,関口×涼子,関口巽
黄泉路
夕刻のバスの中で私は窓の外を眺めている。他に乗客は誰もいない。昼と夜の狭間の薄黄色い光が外の世界を照らしている。それとは対照的に車内は暗く運転手も人型の影に過ぎない。もう少ししたら通路の天井に蛍光灯が灯り寂しい光で車内を満たすのだろう。単調…
京極堂小説京極堂,関口巽
蝶の墓守
ひらひらと鱗粉を煌めかせて羽ばたく華奢な生物を追って、ふわりと白い捕虫網が視 界をよぎった。奇妙な光景がここ数日の聖地では見られた。グレイとくすんだブルーの制服の研究員 達が捕虫網を片手に庭園や森の中を駆け回っている。「エルンストー、そっ…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,セイラン,ルヴァ
Step On Tiptoe
真っ黒な影。逃げても逃げても追ってくる。巨大な獣。必死で走るのに思うように体が動かない。 足が縺れて転倒した。――やめて!振り返り叫んだ。――食べないで!大きな影が覆い被さってきた。「いやああああ!!」自分の悲鳴で目が覚めた。跳ね起きてそこ…
アンジェリーク小説アンジェリーク,エルンスト,コレット,レイチェル,ロザリア
Missing Bird
「なんだ、また留守なのか?」オスカーは器用に片方の眉だけ眇めてみせた。「最近週末はいらっしゃらない事が多いんです」ティムカが申し訳なさそうに言う。「金曜の晩から出掛けてしまうらしくって……」どこに行っているんだ?と訊ねたがティムカは首を横に…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,ヴィクトール×ルヴァ,オスカー,ルヴァ
幸福な結末
「どうぞ」今日最後の一皿をヴィクトールはテーブルに着いたルヴァの前に置いた。最高の出来のパスタソース。まるで今日彼に食べて貰うために作ったような 気がしてヴィクトールはおかしな気分だった。燭台に灯をともすと暗いフロアのこの一角だけが暖かな光…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,ヴィクトール×ルヴァ,ルヴァ
完璧な一日
「完璧だ」一口含んでヴィクトールは唸った。エビとムール貝のトマトソース。本日の特別メニュー。「こんな巧いパスタソースは生涯、二度とお目にかかれないかもしれませんね」料理長のゴーシェ元大佐も四角い顎を擦って感嘆した。「閣下、届きましたよ! イ…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,ヴィクトール×ルヴァ,ルヴァ
果ての空
澄み渡った青空だった。地平が弧を描き途切れる果てまで続く青。その青の深度のあまりの深さに却って暗さを感じさせるような。無音の世界。一人きりだった。いつからそこにいたのだろう。時の始まりの瞬間から?目に映るのは青の色だけだった。ずっと鳴り続け…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,ヴィクトール×ルヴァ,ルヴァ
恋の鳥
本と埃と、どちらかがここの主人であるに違いない。王立図書館の地下書庫では人間 達は彼らの邪魔にならないように極力静かに大人しく振る舞わねばならない。長年馴染 んできたルヴァはともかく、新参者のヴィクトールなどはよく彼らと衝突する。分厚い年鑑…
アンジェリーク小説アンジェリーク,ヴィクトール,ヴィクトール×ルヴァ,ルヴァ